「ここ、は」
連れてこられたのは那智の滝のその奥。
熊野にて
「さぁ。こっちだよ」そう言われてノロノロと歩き出す。
向かった先にあったのは天をも覆う程の大木。
圧巻されているとふと小さな異変に気が付いた。
その大木の一番低い枝から白い縄が二本ぶら下がっている。
そしてその先には木の板が繋がれていた。
その姿は、まるで。
「ブランコ…?」
この異世界にないはずのものが確かにあった。
驚きを隠せずにいるにその大木に手をついたヒノエが問うた。
「どうだい?ちゃんとぶらんこに見えるかい?」
「…うん、すごいよヒノエくん!自分で作ったの?」
驚きを隠せない、といった調子のを満足気に見やり、「まあね」と言った。
「姫君のためにならこれくらいお手の物さ」
そう言われてはブランコに駆け寄り「乗ってみてもいい?」と問うた。
ヒノエが微笑んで「もちろん」と言うや否やブランコに飛び乗ると思いきり漕いだ。
久しぶりに乗ったそれは故郷のものとあまり変わりなかった。
風を切る感覚。
少しの浮遊感。
昔乗り飽きた物のはずなのに、異世界に来たせいなのか、全てが新鮮だった。
その新鮮さに溺れ、は気付かなかった。
スカートが捲れているその感覚に。
「っ…!?」
目の前で敦盛が頬を染めた。
スカートが捲れ白い肌が露出している。
どうしていいかわからず周りを見れば、
将臣はニヤニヤと笑い、
ヒノエは「へぇ…」と顎に手を当てている。
頼みの弁慶も「おや」と言って見ているだけ。
見ていられない、と思った敦盛は勇気を振り絞り、神子に呼び掛けた。
「みっ神子!」
楽しそうに漕いでいるは「はい?」と言って答えた。
それを受け、敦盛は続ける。
「神子、その、着物の裾が…」
みなまで言う前には自分のスカートを見た。
ふわっと浮かんでいるのを見てとり、唐突に理解した。
彼等に露出した足が見えているのだろう、と。
思わず手を離し裾を抑えたは当然重力に逆らえずに地に落ちた。
「っ!神子!」
「痛ぁ…」
尻餅をつき、腰をさするは背後に迫った危険に気付かなかった。
「!危ない!さん!」
弁慶の叫びに顔を上げ後ろを振り返るとブランコが勢い付き、こっちへ向かって来ていた。
(ぶつかる!)と思わず頭を抱え目を閉じるとガシャン!と痛々しい音。
でも思ったような衝撃は来ず、恐る恐る目を開けると…
「大丈夫かい?姫君」
逞しい腕に守られていた。
「ヒノエ、くん」
驚き、名前を呼べば「怪我はなかったか?」と優しく声をかけた。
「うん、平気」
何とか身の安全を告げると目を伏せほっ…と溜め息をついた。
「ヒノエくんは?平気なの?」
聞けば「平気だよ」と笑う。
でも平気じゃない事はにもわかっていた。
確かにぶつかった音。
私にぶつかっていないなら、かばってくれた彼しかいない。
心配そうに眉を潜めたに「それより、」と話を変えた。
「お前が無事で、良かった」
右手で額にかかった前髪をあげ、そっと額に口付けを落とした。
腰に回している手に力を入れ、ぎゆっとを腕のなかにしまいこんだ。
普段余裕しゃくしゃくで、冷静なヒノエだったから、少なからずは戸惑った。
そして本当に心配してくれていたのだと、胸が苦しくなった。
「ごめんなさい」
ぽつりとが呟けば、
彼もに聞こえるか聞こえないかのかすれた声で「無事ならいい」と呟いた。
「ヒノエ!大丈夫ですか!?」
弁慶達の走ってくる音が聞こえた。
「弁慶さん、」
ヒノエの腕から顔をあげ呟けば「無事ですね」と言われた。
弁慶はを抱き締めたままのヒノエの背後に忍び寄りぐいっと左腕を上げた。
「っ!」と言う小さなうめき声はすぐ側にいたと弁慶にしか聞こえなかった。
「神子!大丈夫か?」
敦盛が走りより「すまない、私のせいで…」と詫びた。
「気にしないで下さい」とが言っても彼はすまなそうにしていた。
「さん」
「!はい!?」
唐突に呼ばれ答えると弁慶は言った。
「すみませんが、三人で先に帰っていただけますか。ヒノエと僕は行く所があるので」
「でも!」
「すみませんが、お願いします」
「…はい」
ゆっくりと、でもきっぱりとした調子で言われ、は頷く他なかった。
「ありがとうございます」と言われ、立ち上がり、将臣と敦盛と連れだって、本宮へと戻った。
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