「?どうしたの?」
熊野にて
「…朔」
本宮に戻った後、どうにも落ち着かずに境内を歩き回っていた。
「ヒノエくんが、…心配で」
「ヒノエ殿?」
ゆっくりとくぐもった声でが言えば朔はきょとん、と問いかえした。
「そういえば、姿が見えないわね」
「多分、怪我の治療してるんだと思う」
きっと、そうなのだろう。
あの時強引に腕を上げたのは怪我の程度を確かめるためで、
私達を先に帰らせたのは私の前だとヒノエが虚勢を張るから。
弁慶さんが気をきかせたのだと、わかっていた。
平気なのかな、とは一人ごちる。
心配だった。
もしかしたら酷いのかもしれない。
だから目に見えない所でやろうとしたのかもしれない。
どうしよう、と苦しげに呟いた言葉は、朔を心配させるには十分過ぎた。
「?一体どうしたの?」
心配そうに顔を除きこむ朔に全て預けたくなった。
そんな気持ちを抑えてぽつりと言う。
「ヒノエくんに怪我、させちゃったの」
「え?」
「私の為に力を尽してくれたのに、なのに」
「」
「どうしよう、私」
誰も傷付けたくなかった。
自分を守って誰かが傷付くのが嫌だった。
それなのに。
一番大事な人を傷付けてしまった。
「こんな自分、嫌い」
心の奥から出た言葉だった。
弱い自分を、力のない自分を、嫌いだ、と思った。
「…」
そんなに朔はそっと声をかけて寄り添った。
何も言わずに居てくれた事がありがたかった。
「…、入るわよ?」
結局いっこうに二人は帰って来なかった。
体を冷やす、と朔に言われあてがわれた部屋で一人塞ぎこんでいた。
「、ヒノエ殿が帰って来たみたいよ」
「え?」
ぱっと顔を上げ、部屋の入り口の朔を見る。
朔は優しく笑い、部屋にいるわ、とだけ告げた。
は朔に軽く礼を言い、ヒノエの部屋に向かって走った。
「ヒノエくん!」
「…姫君?」
部屋に行くと、ヒノエと弁慶がいた。
弁慶はを見やり「僕はこれで失礼しますね」と言い部屋を出ていった。
部屋にはとヒノエが二人きりになった。
「どうしたんだい?姫君」
壁に寄りかかるようにして座るヒノエの近くまで行き、は座り込んだ。
「怪我、酷いの?」
ああ、と言い肩にかけていた上着を上げる。
普段肩当てが着いている場所には、痛々しい白い包帯が巻かれていた。
「ごめんなさい、私のせいで、」
「それは違うな姫君」
ヒノエくんに怪我させた、と言おうとした言葉はヒノエのきっぱりとした声に遮られた。
「オレはお前を守った。でもそれはお前のせいじゃない」
「でも、」
反論しようとしたの言葉をまた遮り、話を続ける。
「オレがお前を守ったのはお前が神子だからじゃないんだ。八葉の指名として守ったわけじゃない」
「…え?」
不思議そうな顔のを見つめ、きっぱりとヒノエは言いはなった。
「お前を傷付けさせたくない、唯のオレの我儘なんだよ」
そう言って、ヒノエはの手を取った。
はで不満そうに唇を尖らせて言った。
「ヒノエくんは、ずるい」
「そうかい?」
「そんな事言われたらもう何も言えないじゃない」
どうせなら責められて楽になりたいのに、とは付け加える。
「その怪我が治るまで、責任感じちゃう」
その言葉にヒノエはふふ、と笑う。
そして面白そうにこう言った。
「じゃあ、姫君が責任感じないように今日一日オレの身の回りの世話でもしても
らおうかな?」
え、と顔をあげたの手を引いて抱きとめて言った。
「今日だけは、ずっとオレの側にいなよ。ずっとオレだけ見てなよ」
オレがどれだけを愛してるのか教えてやるよ、そう言いながら唇を塞いだ。
初めてわかった、嘘偽り無しの気持ち。