貴方を火の海に置き去りにして、私は生き延びた。

それでも貴方に会いたくて、時空を遡って…。

そこに、貴方は居た。



歴史を螺子曲げる私の存在。



決められた流れに逆らう私の生き方。



それはまるでつむじかぜに逆らう旅人のようでー…。









つむじかぜに逆らう生き方








遡った時空で彼と出逢い、共に生きる運命をつむいだ私。
けれどそこにいる貴方はどうしたって最初に出会った貴方じゃない。

本当に初めて会ったのは夏の熊野。田辺。

でも今隣にいる彼はそれを知らない。

彼にとっての初対面は春の六波羅。



私の持っている貴方の記憶。


貴方の持っている私の記憶。


…擦れ違う、二つの記憶。



約束を違えた事のない貴方だけど、一つだけ貴方の知らない約束があると知ったら驚くかな。

「春になったら、一緒に…か」

その約束をした貴方は火の海に消えた。

?湯あみは終わったのかい?」

「ヒノエくん」

あの約束は、今目の前にいる彼が知らず知らずの内に叶えてくれた。
そう、約束を違えた事など一度もない。…ただの、一度も。

途方もない願いだね。
あの日火の海に消えた彼に逢いたいだなんて。
どんなに時空を越えても、そこに同じ貴方はいなかった。
最初と同じ運命を辿れば、終わりも同じ。
どうしたって全てを失ったあの運命を変えることはできなかった。

…ずっと、不思議だったの。
あの日、白龍は私に逆鱗を託して…消えた。そして私は託されたその逆鱗で時空を越える。

その時空を越えた先に皆はいるのに私はいない。

白龍が存在しても私の逆鱗は存在し続ける。

力が足りなくて帰れなかった筈なのに逆鱗に在り続ける光。

どれを取っても不思議な事ばかり。
時空の仕組みも逆鱗の仕組みもわからなかった。
…そして誰にも聞けなかった。

?どうした?」

目の前にいる彼は私の求めた彼であって彼じゃない。その矛盾。
私がいなくなった後の時空は、一体どうなっているの?

?」

「…ううん、なんでもない。考え事してたら少しのぼせたみたい」

「本当に?」

「本当だよ」

「どうかな。姫君は自分の事となると無頓着だからね」

「ヒノエくんが心配しすぎるんだよ」

「姫君が自分の事を省みないせいだよ」

「あ…それ酷い」

「膨れた顔も可愛いね、姫君は」

「あ、馬鹿にしてる」

「してないよ」

「してる。顔笑ってるもん」

「愛しい姫君を目の前にして笑わずにいられる男はそうそういないよ」

「もう…またそうやって誤魔化す」

「あれ?降参かい姫君」

「はい、降参です。ヒノエくんには勝てないよ…」

「ふふっ、オレの事嫌になったかい?一緒に居たくない?」

「…!そんなことっ…」

「…?」

たまに、不安になる。
世界の理を螺子曲げた私にいつかその代償がくるんじゃないかと。それが私に来るなら…それでいい。仕方ないと受け入れる事は出来る。

…けど。

もし代償が、彼にー愛しい人に来たら?ある日突然彼を失ったら?
そう考えれば考えるほど恐ろしくて堪らない。

失う、怖さを知ってる。

あの途方もない喪失感。

身を裂かれる様な痛みを。



?…!おいっ…!顔が真っ青…」

「お…願い」

「え?」

「いなく…ならないで…っ」

皺になるほど彼の着物を掴んだ。震える手が止まるようにぎゅっと握り締めた。
けれど止まらない。不安が押し寄せて、どうしようもない。

「…オレはここにいるよ、…」

氷の様に冷えた私の手に彼の炎の様に熱い手が重なる。
溶かされていく、不安。子どもをあやす様に背を叩かれてそっと身を寄せた。

「オレは、ここにいるから…」

「うん…」

支えるくらいにそっと回された腕に身を委ねる事しか、私には出来なかった。









恐れているのは、突然に訪れる離別。