結婚後、どたばたと慌ただしく様々な準備が行われた。
最初の方はそれでこそ周りに常に人がいる状況下での息が詰まっているのを察してかヒノエが人払いをする説得をしたり、
本宮大社に住むにしろ自分達の事は自分達ですると女房に納得させたり。

慌ただしく時は過ぎ、気付けば結婚式から二月も過ぎていた。
やっと落ち着ける、がほっと胸を撫で下ろした途端に長期の仕事が入った。
しかも、即日で。
また慌ただしく用意が行われて、「じゃあ行ってくるよ」と簡単な言葉だけ残してヒノエはあっさり行ってしまった。
ヒノエの姿がみれなくなってからもう二月も経ってしまった。
半月離れ離れになったのは以前がまだ龍神の神子だった頃にあった。
その時も身を切られるような痛みだった。
ヒノエの心も、体も、隣にいる権利も全て手に入れたと言うのにそれでもは苦しかった。


寂しくて、

淋しくて、

痛くて。


毎日夢に見る程にヒノエを想っていた。

ぎゅっと自分の膝を抱えては苦しげに呟いた。

「ヒノエくん…」

と。

今何してるの?今何処にいるの?…早く帰ってきて。

膝の上に顔を埋めては想う。
鮮烈な赤をたたえたひと。忘れることも出来ない。

「いつ帰ってくるのよぉ…っ!」

その途端ぽろりと瞳から雫が落ちた。
慌てて顔をあげたの目からさらにぽろり、ぽろり、止まることを知らないかの様に涙は落ち続け、着物を濡らす。

「や、やだっ!とまんな…!」

あたふたとが涙を拭っているとどたばたと廊下に誰かの足音が響いた。
屋敷で働く女房は皆行儀良く廊下を走ることなどしないのに、とは涙を拭うのを止めて首を傾げた。
その足音が自分の部屋に近付いている事に気付いたは慌てて着物の袖で涙を拭って姿勢を直した。

様っ!」

「わっ!ど、どうしたの?」

慌ただしく部屋に入ってきたのは滅多に顔色を変えることない年長の女房だった。
はその慌てぶりに驚き、声をかける。
肩で息をしている女房は少し息を整えるとに衝撃を与える一言を口にした。

「別当殿が今船着き場に着いたと知らせが!」

「え…」



船着き場に着いた?

ヒノエくんが帰ってきてる?



一瞬の間に頭に考えを巡らせては立ち上がる。
女房とのすれちがいざまにありがとうと言って走っていった。
普段だったら走ることを怒る女房も笑顔で見送る。
が元気ない事に気付いていた女房の優しさだった。















ばたばたとは港に向かって走っていた。
皆帰ってきた水軍を見ようというわけか港に向かうにつれて人が増えていた。
そんな人々の合間を通りはひた走る。そろそろ大きな船が見えてきた。



あと少し、

あともう少しで、

ヒノエくんに会える…っ!



流石に走りっぱなしで息が苦しかったがそれでも走り続け、やっと港に着いた。
船からは水軍がわらわらと下りてきている。
ははやる気持ちを抑え息を整えながらヒノエを探した。



どこ?

どこっ…ヒノエくん!



すると船から見えた赤い髪。
吸い寄せられる様に視線をやるとは声の限りに叫んだ。

「ヒノエくん!」

今まさに船から下りようとしていたヒノエがその声に誘われる様に視線を寄越す。
忘れるはずなどない、その甘い声。

…?」

視線の先に居たのは誰よりも会いたいと思っていた彼女だった。

「ヒノエくん…」

ヒノエの顔を見ては泣きそうに笑った。
そんなの顔を見たヒノエは無意識に船を駆け下り、愛しいおんなの名を呼んだ。

っ…!」

ヒノエの伸ばした手に引かれる様にも手を伸ばす。
ヒノエのゆびさきに絡めとられたのつめさき、そのままヒノエが腕を引いての華奢な体を抱きとめた。

「おかえりなさい、ヒノエくん。…会いたかった」

「ただいま。ずっとこうしてに触れたかったよ」

ぎゅうっと音がするほどに抱き締めてヒノエは言った。









男のゆびさき、女のつめさき、

絡み合って、溶ける。










男のゆびさき、女のつめさき