「…そろそろ帰ろうか」

「うん、そうだね」

どのくらいの時間が経ったのだろうか。気付けば赤々としていた夕陽は沈み、深い濃紺の天に瞬く星。銀色の月が淡く光っていた。
何をするでもなくただ抱き合っていた。それ以上も、それ以下もない。お互いの体温を感じていた。それだけ。
私は置いておいた買い物かごを手に持ち、一歩先を歩く彼の後ろを行く。何も喋らない。お互いに会話がない。
ヒノエくんは一体どんな気持ちでいるんだろうか。

「…すっかり夜だね」

「ああ、そうだな」

「ヒノエくん、難しい顔してるよ」

「そうかい?」

「うん。…ねぇ今、何考えてる?」

強い風が吹いた。
ヒノエくんは一瞬驚いた顔をして、それからうつむいて首を横に振る。
暫しの沈黙。風の音しかしない森。ゆっくりと顔を上げたヒノエくんは何処か寂しそうで。

「…時々さ、がどっか消えちまうんじゃないかって思うんだ。あの日のお前の言葉を信じてないわけじゃない。
ただ此れは漠然としたどうしようもない不安なんだよ」

「ヒノエくん…」

「情けなくて笑っちまうだろ?今も、怯えてるよ」

深い、と思った。
どうしようもない漠然とした不安。どんなに言葉を尽しても、熱を共有しても埋められない。
私がこの世界の人間じゃないと言う事実が邪魔をする。
何年経って、いつか忘れてもふとした時に思い出してまた傷をえぐる。…本当にどうしようもない。
ならば。
言葉でも体でも埋められない物ならせめて。
笑っていよう。ヒノエくんが不安を引き出すことの無いように。全身で幸せだと伝えよう。少しでも不安に駆られないように。

「ヒノエくん」

「ん?」

「月が綺麗だから、手、繋いで帰ろうよ」

「ああ…そうだな」

笑っていった私にヒノエくんも微笑んで指を絡めた。

この絡まった指が離れないように、

少し湿った手が何時までも隣にあるように、

願いながら二人で帰路に着いた。










月がきれいだから、手をつないで帰ろう