「ヒノエくん」

熊野の森の中、一人歩いていたら後ろから八葉の一人、ヒノエくんが声をかけてきた。

ヒノエくんは、紀ノ川で私を好きだといった。

そのとき私はまだ答えられなくて、そしたらヒノエくんは

「この戦いが終わるまでにお前をその気にさせて見せるよ」

っていった。

正直、今はだいぶヒノエくんに気持ちが傾いてる。

だけど・・・まだ、言えない。

私はまだ決めることができていない。

私がこれから生きていく世界を選ぶことが、できていない。

ヒノエくんは熊野の別当だ。

だから当然この世界を離れるわけにはいかない。

ヒノエくんを選んでこの世界に残るか、ヒノエくんを諦めてもとの世界に帰るか。

私はまだどちらも選べないで居る。

「どうしたんだい?こんなところで」

「うん・・・。ちょっとね、気分転換」

「じゃ、オレも一緒に行こうかな。一人じゃ危ないぜ?神子姫様」

肩に手を置いて、髪に軽く口付けながらいうヒノエくんに、何故だか底知れぬ不安感を覚えた。

「・・・一緒に来るのは、私が、白龍の神子、だから?」

「え?」

ヒノエくんの驚いたような声で気がついた。

私は今、何を言った?

私はヒノエくんに、どんな答えを期待しているの?

「・・・確かに、それもそうだね」

普段よりも低い声で言われた答えに、少なからずがっかりとした感じを覚えた。

涙が、こぼれそうだった。

「でも、オレがただの傍に居たいだけだよ、本当は」

「・・・え?」

その言葉に思わず、弾かれた様に顔を上げた。

目尻に浮かんだ涙に、私は気づいていなかった。

ヒノエくんはそれに気づいて、親指で涙を拭いながら笑った。

「いつか言ったこと、忘れたのかい?

オレは今すぐにでも、を捕まえたいくらいなんだぜ?」

「ヒノエ、くん」

「オレのことを想って、不安になったのかい?」

「違う・・・!」

「ふふ、無理しなくていいよ」

そう言ってヒノエくんは笑った。

、捕まえてもいいかい?」

「え」

がこれ以上不安になんてとらわれないように、オレの腕の中に閉じ込めても、いいかい?

腕の中で、神子の仕事も忘れるくらいに、ぐずぐずに甘やかしたい」

「ダメだよ、そんなの」

「嫌なら嫌っていいなよ。十秒だけ時間をあげる」

「ヒノエくん・・・!」

「十、」

始められたカウントに、私は嫌ということも、頷く事もできなかった。

嫌じゃない。だって好きだから。

でもうなずけない。まだ決めることのできていない、私には。

ただただ呆然と、カウントを取り続けるヒノエくんをみていた。

「・・・三、二、一、零」

カウントが終わった瞬間、ヒノエくんはいつもと違う強い力で私の腕を引っ張った。

「きゃ・・・!」

ぐいっと引かれて、力強く抱きしめられた。

「つかまえた。もう離さないよ、

首元をくすぐるヒノエくんの赤い髪に身体が熱くなる。

私は、卑怯だ。

選ぶことも、伝えることもせずに、浚われるのを、ただ待っているだけ。

全部ヒノエくんに任せて、ヒノエくんに責任を押し付けて。

「ごめんね・・・」

ヒノエくんの背中を抱きしめて呟いた。

その瞬間、ヒノエくんの腕の力が強まったけど、ヒノエくんの表情は分からなかった。









「どうかこのままずっと捕まえていて」

言葉にできない、本当の気持ち。