その日は朝から気分が悪かった。
普段は全部食べる朝食も半分しか食べられなくてお母さんに言われて熱を計って見たけどなかった。
休む?とお母さんは言ってくれたけど熱もないのに休むのもあれなので行くと言って家を出た。
…のが間違いだったのかな。
ガタンゴトンと揺れる電車の中。
男の人の整髪料の匂い、明らかに付けすぎな香水の匂い、いろんな匂いが混じって吐気がする。気持ち悪い。
これでも夏じゃなくて良かった。汗の匂いが混じってたら本当に私倒れてる。
ぐらぐらとする思考を何とか保たせる。
気を抜いたら最後、電車で倒れると言う恥ずかしい事態になってしまう。
つかまっていたつり革から手を放して頭を押さえた。ぐらぐらする。
そういえば目の前がよく見えない気もする。靄がかかったみたい。目の前に座ってる筈の人がよく見えない。
ガタンと電車が大きく揺れたのと同時に私は意識を手放した。
その日は何時もより電車が混んでいた。
普段座っている席には既に先客がいて仕方なしにその席の前に立つ。
と、隣に立っている女子高生が目に入った。
同い年位か、薄紫ともピンクとも取れる腰位までの長い髪。白すぎるほど白い肌が目についた。
白いって言うか…蒼白い…?
その彼女がつり革から手を放す。頭を押さえて、目をしばたかせて。
大丈夫かと声をかけようか迷う。
とその時電車が大きく揺れた。そしてそれと同時に彼女が腕の中に倒れこんできた。
「っ…おい!大丈夫か!?」
腕の中の彼女は応えない。顔を見れば顔面蒼白。オレは思わず舌打ちをした。
『鎌倉高校前』
電車がホームに滑り込むと同時に倒れこんできた彼女を抱えあげる。
人を掻き分けて電車から降りて一先ずベンチに寝かした。
―…問題はこの後、どうするか。
駅員に預けて学校に行くと言う選択肢もあるだろう。けれどオレは彼女をこのまま手放したくなかった。
折角のチャンスだ。上手く使わない手はない。しかしこのままじゃ駅員に注意されるのがオチ。
抱きかかえたまま長距離を移動するわけにも行かなくてオレは考えを巡らせる。
はたと目についたのは喫煙用の小部屋。
朝の通勤時間に其所に居る人間など居ない。オレは彼女を再び抱きかかえた。
黒い夢を見た。真っ暗で何も見えない。
がんがんと痛む頭に目を覚ました。
目の前には鮮烈な赤。真っ赤な髪をして真っ赤な瞳の少年が私の顔を覗き込んでいた。
「目が覚めた?気分はどう?」
にっこりと彼は笑いながら耳に心地よい声で問掛ける。黒々とした学ランに光るのはUのバッチ。同い年なんだ。
「大丈夫…です」
「そう、良かった」
人好きする顔で彼は笑う。そもそも彼は誰で、どうして私は彼の膝に頭を載せているんだろう。って言うかここは何処?
「あの…」
「ああ、自己紹介が遅れたね。オレは藤原ヒノエ。鎌倉東高二年。その制服は鎌倉高校?」
「あ、はい。、鎌倉高校二年です」
膝に寝たまま話すのもおかしい気がして上半身を上げて彼の隣に座る。起きて平気か?と聞かれたのでこくりと頷いた。
「さんだっけ?ちゃんでいいかな」
「あ、はい」
「オレはヒノエって呼んでくれて構わないから」
「あ、じゃあ…ヒノエくんで」
「くんは余計だけど…まあいいか」
くしゃとヒノエくんが髪を掻きあげる。その仕草がやけに色っぽい。
そして両耳にした銀色の羽根モチーフのピアス。センスいいなあ。って言うかそんなこと考えてる場合じゃないのよね。
「あの、私一体どうして…」
「ああ、覚えてない?ちゃんオレの腕の中に倒れこんできたんだよ」
「え、ええっ!ご、ごめんなさい!」
「気分が悪かったんだったら仕方ないだろ?それにちゃん凄い顔蒼白かったし。何も責めちゃいないさ」
「ごめんなさ…あ、違った。えっと有難うございます」
「ああ、そっちの方が断然嬉しいね」
くすりとヒノエくんが笑う。此方に気を使わせない様な言い方は彼の元からの性格なのだろうか。
「で、駅のベンチで休ませてたわけ。まあ時間にして30分位かな、ちゃんが気を失ってたのは」
「30分!?じゃ、学校は!?」
「あ〜…今から走ればぎりぎり間に合うかって所だね。行くのかい?」
腕時計をちらりと見て彼が問う。普段ならはっきりと答える筈なのにこの時答えられなかったのは何でだったんだろう。
「えっと…」
「気分が良くないなら無理しない方が良いぜ?あんな真っ青になって倒れる位なんだし」
「今日は…帰ります」
「そう、じゃあちょうどいいね」
あんまり学校は休みたくなかったのに、そう思いながら私がそう言った時だった。ヒノエくんが嬉しそうににっこりと笑って私の腕を掴んだのは。
「オレと、デートしない?」
「―え?」
にっこりと笑う彼に私の頭は付いて行けなかった。