「ねぇ、俺に何か隠し事していないかい?」 「え?」 桜の時 二人の寝室に、と宛てがわれた部屋の柱に腕を組み寄りかかりながらヒノエはを見た。 「そ、そんなこと…ないよ?」 「本当に?」 「う、うん」 鋭い目で見つめてくるヒノエには若干たじろぐ。 元々嘘をつくのは得意な性分ではないで、ヒノエの目を見る事が出来なかった。 「そう?ならいいんだけどさ」 暫し考えた後突然ヒノエはそう言った。 笑って言ったヒノエにはホッと安心して笑みをこぼす。 「だけど、」 「?」 「嘘なんかつかないでくれよ?姫君。そんなことされたらオレ泣いちゃうからさ」 寄りかかっていた体を起こし、の方まで真っ直ぐ行くとヒノエは髪を一房取り軽く口付けた。 「!!ヒ、ヒノエくん!!」 「ふふ、照れてるのかい?可愛いね、オレの花嫁」 恥ずかしいよ、とヒノエの体を押すの手をいとも簡単に捕えて腕の中に閉じ込める。 「頭領!湛快様がお呼びです」 そんな甘い時間を邪魔したのは、ヒノエの実の父での義理の父。 前・熊野別当、藤原湛快。 「ちっ…邪魔しやがって」 ヒノエは残念そうに、且つ腹立たしげに言っていたがは内心安心していた。 祝言をあげて大分経つ。 一緒に戦っていた期間も含めると一年は経つと言うのに未だにヒノエの放つ甘い言葉に慣れない。 どうしても照れてしまい、困る。 ヒノエは残念そうにを離すと肩に手を当て軽く額に口付けた。 「残念だけど、行ってくるよ姫君。いい子で待っていてくれるかい?」 額と額をコツン、と当て笑って言うヒノエには少し不満そうに反論した。 「ヒノエくん、私は子供じゃないよ」 そう言ったをヒノエは愛しげに笑ってごめんごめん、と軽く謝って頭を撫で部屋をでた。 歩いて行くヒノエの足音が聞こえなくなってはホッと安堵した。 それは勿論、ヒノエに隠し事がバレないように心配していたから。 …まあさっきのヒノエの様子を見る限り隠し事があることはバレているようだが。 は考えていた。 この一週間ずっと考え込んでいた。 …ヒノエの誕生日のプレゼントを。 事の起こりは一週間前。 祝言も無事終わり、一緒に戦った仲間達が遊びに来てくれて、 どんちゃん騒ぎの合間に弁慶に言われた事実。 「さん、ヒノエの誕生日知っていますか?」 「え?」 「その様子だと知らないんですね…。ヒノエの誕生日は四月一日です」 「えぇっ!?」 これが始まり。 この一週間は必死でヒノエへのプレゼントを考えたけれど、時空を越えた先、慣れていない場所でプレゼント等思い付くはずもなくて。 試しにヒノエに欲しいものはないのか、と聞いてみても 「オレの欲しいものは全部手に入ったから」 と答えられてしまって八方塞がり。 もうどうしていいのかわからなかった。 「姫君」 突然声をかけられて上を向けばヒノエの顔が目の前にあって驚き体を退くと がしっと腕を捕まれ抱き締められた。 「寂しかったよ…姫君」 「ほ、ほ、ほんの数分じゃない!!」 「ほんの数分でもお前に触れてないと狂っちまいそうだ…」 体を離そうと手を突っ張っても力強く抱き締められてしまえばどうしようもなくて。 「ヒノエくん…!」 名前を呼んでも効果はなく。 困り困ったところに。 「ヒノエ殿、私の存在忘れてない?」 かたん、と小さな音がして振り向くとそこには。 「朔!」 「久しぶり、」 にこ、と柔らかく笑う朔を見る。 一週間前に会っているのに、旅をしている時は毎日顔を合わせていたせいか不思議と懐かしい気がした。 はする、と緩んだヒノエの腕の中から抜け出して朔に駆け寄る。 ヒノエはやれやれと言った様子でそれを見やり、笑った。 「どうしたの?いきなり」 「今日はに渡すものがあって来たのよ」 「渡すもの?」 が首を傾げて問えば朔はええ、と笑って和紙に包まれた何かを取り出した。 「これ…何?」 「とりあえず、開けてみて」 朔にそう言われ、はその包みを床に置き、丁寧に開封した。 いつの間にか後ろにいるヒノエも興味深げに見ていた。 「うわぁ…!」 「へぇ…」 開けた途端は感嘆の声を上げる。 中には淡いピンク地に扇模様の着物が入っていた。 「可愛い…」 思わず笑みがこぼれたを朔は嬉しそうに見やった。 「へぇ、姫君によく似合いそうだね」 「えぇ、だから持って来たのよ」 座り込んだに合わせてヒノエはしゃがみ込み、朔も膝をついて言う。 「これ、私に?」 が驚いたように朔に問えば朔は嬉しそうにええ、と笑った。 「でもこんな着物貰えないよ!」 慌てて答えるに朔はいいのよ、と答えた。 「偶然見つけた布で、の為に仕立てたの。が貰ってくれなければ行き場がないのよ」 「でも…」 朔はす…、とは手を取り貰ってくれない?と優しく言った。 は戸惑ったように視線を泳がせてから、こう言った。 「うん、わかった。ありがとう、朔」 が笑って言えば朔は嬉しそうに笑った。 横にしゃがんでいたヒノエがの髪をさらり、と取りこう言った。 「、着てみなよ。きっとよく似合う」 「え…でも」 「そうね、。手伝うわ」 「…うん」 は朔に手を取られ立ち上がった。 「隣の部屋を使いなよ、ちょうど空いてる」 「ありがとう」 ヒノエと軽く言葉を交し、朔とは部屋を出た。 「ねぇ…朔」 は後ろで帯を結んでいる朔に問掛けた。 「何かしら?」 「この着物、自分で仕立てたの?」 「ええ、そうよ。―はい、出来た。よく似合うわ」 朔はの前に来ると嬉しそうに笑った。 「髪も少し結いましょうか」 そう言う朔を尻目には考えていた。 ―そして、決めた。 「ねぇ朔!お願いがあるの!」 「え?朔ちゃんの家に行く?」 は朔と共に寝室に戻り、話を始めた。 「うん、積もる話もあるし、明日には戻るから」 「話なんて…、ここですればいいだろう?」 「でも…」 ヒノエに切り返され、言葉に詰まるに朔がフォローを入れる。 「ヒノエ殿、私が誘ったの。兄上も会いたがっていたし」 「まあ…朔ちゃんが言うなら…」 行っておいで、とヒノエは笑う。 ホッとして笑ったにヒノエはただし、と付け加えた。 「明日の夜には帰ってきなよ?」 「うん!ありがとうヒノエくん!」 そうしてと朔は連れだって熊野本宮を後にした。 「良かったわね、許してもらえて」 「うん、朔ありがとう」 いいえ、と朔は笑う。 「それじゃあ時間はないけど頑張りましょうか。ならきっと出来るわ」 「うん、頑張るね!」 「出、来た〜…」 「凄いわ!本当に二日で出来るなんて!」 「徹夜になっちゃったけどね。本当にありがとう、朔」 いいえ、と朔は首を振る。 「あなたが頑張ったからよ。私は助力したまでだわ」 ううん、と今度はが首を振る。 「朔のお陰だよ。…ありがとう」 ふふふっと二人で笑いあう。 そしてあ、と気付いたようにが言った。 「もう帰らなきゃ。慌ただしくてごめんね」 「もう暗いわ。危ないし、今日もここに泊まったら?」 ううん、とは答える。 「ヒノエくんと約束したから。じゃあまた遊びに来るね」 「!送っていくから待って!」 慌ただしく帰ろうとするを朔は慌てて止める。 でもその時。 「その必要はないよ」 「ヒノエくん!」 「ヒノエ殿!」 庭に立っているヒノエに二人は驚き声を上げた。 「どうしてここに?」 「が帰ってくるまで待てなくてね。さ、帰るよ」 ぐいっとの腕を引き、朔にじゃあねと軽く挨拶するとヒノエはを連れて出ていった。 本宮に着いた頃にはもう日付が変わる頃で、はある物を用意していた。 「?何してるんだい?」 既に用意されていた布団に横になってヒノエが問う。 その言葉を受けて和紙に包まれた何かを持ってヒノエの横に行く。 そしてヒノエにそれを差し出した。 「ヒノエくん、開けてみて」 ヒノエはうん?と言って起き上がり包みを開いた。 その中には、紺色の布地で仕立てあげられた着物が入っていた。 「初めてだからあまり綺麗じゃないんだけど…お誕生日おめでとう」 笑ってが言えばぐいっと後ろ頭を引かれきつくきつく抱き締められた。 「ヒノエく…」 が苦しげに言ってもヒノエは一向に力を弱めようとしなかった。 「まさかこんな物が貰えるとは思わなかったよ…サイコーだ、」 「喜んで、くれた?」 が聞くとヒノエは少し腕の力を弱め、顔を覗きこんで当たり前だろ?と笑った。 「こんなサイコーなもの貰って喜ばない訳ないぜ。流石だよ、オレの花嫁は」 ふふっと笑って言うヒノエには良かった、と笑んだ。 そんなの頬を優しく撫で 「本当にサイコーだ。愛してるよ…」 唇を、塞いだ。 一年に一度の誕生日。 手に入れたのは君の優しさ、君の温もり。 |