『離れないよ、離さないで』

ぽつりとが呟いた本心に、心が震えた。
柔らかい暖かな体をぎゅっと抱き締めて落とした言葉はに届かず風に消えた。

「にがさないよ、にげられないよ、捕えた魚ははなしてやらない」








腕の中で眠りに落ちたの頬を慈しむ様に撫でる。
さらりと落ちた髪が首筋に残された華を外気に晒す。
ふわりと香る花の香りに誘われるように華の上に口付けた。

「…ん」

ちゅ、と音を立てて唇を離す。
少しみじろいだが愛しくて、薄く開いた唇に口付けた。
やんわりと、触れるだけの口付け。
二度、三度落としてそのまま立ち上がる。
夕陽がもう海へと半分沈んでいる。
風が冷たくなってきた。
遠くから見た波はどこかオレの心の様に穏やかだった。
くすりと笑って横抱きにしたを見やる。

「ー…どうしていつも、はオレの欲しい言葉をくれるんだろうな」

あいしてる、とか。
名前で呼んで欲しいとか。
知らないはずなのに。
言ってないのに。
まるで心を見透かした様に。

「最初は白龍の神子の力かと思ったけど…」

今はそれと違うとわかる。
白龍の神子でなくなった、以前と変わらない。

「これはの力、か…」

ひとりごちて歩き出す。
人の目にの寝顔が見られないように自分だけが知っている山道を通って。
そんな自分に苦笑いした。

「オレも大概独占欲が強いな…」

以前は、堂々と女を連れて歩いた。
捨ててもすがってくる女を嫌だと思った。
自分勝手に、オレを楽しませる存在の女を適当に見繕って飽きて捨てて。
酷い男だった。
オレにとって大切なのは熊野だけで、其れだけがオレの唯一。
…そう、今までは。
今はがいる。
好きで好きでどうしようもないほど。
失うことが怖いと思うほど。
狂おしいほどあいしてる。

「にがさないよ、にげられないよ、捕えた魚ははなしてやらない」

もう二度と、をあんな風に泣かさない。

心に密やかな決意を称えてオレは歩いた。

、オレだけのー…

「大切な、大切な、姫君」

「オレだけの…










にがさないよ、にげられないよ、捕えた魚ははなしてやらない