体温。そして













「んっ…けほっ…」

「ん…?」

「っく…ふ」

「泣いてる…のか?」

太陽が昇り、空が白み始めたころ、隣から微かに聞こえる声にヒノエは目を覚ました。

「おい…?」

ゆさゆさと少し揺さぶっても反応はなく、変わらず小さな泣き声が聞こえるだけ。
寝ているのかと肩に手をかけて仰向けにする。閉じられた瞼の下から透明な雫が微かに伝っていた。

…」

泣いている理由はわからない。そっと親指で涙を拭いながらヒノエは考える。起こすべきか、起こさぬべきか。

「お…かあ、さっ…」

「…っ」

小さく漏れた声。聞き取りづらかったがそれは確かにお母さん、と。

「…お前の世界の、夢を見てるのか…?」

「お…と、うさ…」

微かにヒノエの声は震えていた。そしてお父さん、との唇が動く。
を元の世界に帰す事は最早出来なかった。白龍は天に還り、もう近くにはいない。
を元の世界に帰す為の五行の力は京の平和の為に使われていた。がどんなに望んでも帰す手だてはない。
ヒノエは泣き続けるの頭をどうしようもなく抱き締めた。




「ん…」

「おはよう、

「ヒノエくん…おはよう」

は目を擦りながらヒノエに笑いかける。心なしか瞼が重い。睫毛が張り付いたみたいだった。
子どもの頃泣きながら眠った後にこうなったけどー…?でもやけに懐かしい夢を見た気がするとは思った。
上半身を起こして布団から出る顔洗ってくるね、とヒノエに言い残しては部屋を出た。



冷えきった廊下に出ては寒さに身を縮める。水場で顔を洗い、水を一口飲むと喉が痛い。こほ、とひとつ咳をしては部屋へと戻った。



「あれ?」

部屋を開けるとヒノエは既に居なかった。
部屋に面した中庭を覗くと既に着替えたヒノエがそこにいた。どこか遠くの空を見つめていたので、は部屋に戻り自分も着替えることにした。










「いってきます、姫君」

「いってらっしゃい、気を付けてねヒノエくん」

「ああ。夕刻には帰るよ」

「わかった!ご飯用意して待ってるね」

「ああ、楽しみにしてるよ。じゃ…」

行ってくるよ、とヒノエが口付けを落とし歩いていったのを見ては部屋へ向かう。
今日は布団を干して、洗濯して、ご飯の買い出しして。お義父さまも来るって言ってたし張り切らないと、と今日の予定を確認しながら廊下を歩く。
が、くらっ…として膝をついた。柱に手を当て立ち上がる。めまいかなと思いながら部屋へ入った。

「最初は布団からにしようかな…」

中庭への戸を開け放ち布団を抱える。一瞬くらりとしたが持ち堪えて布団を中庭へと運びだした。
無事干し終えた所で後ろから様、と上品な声がかかり振り向いた。

「湛快殿がお見えです」

「あ、はい、今行きま」

す、と言う前にぐらりとの体が傾いた。
土に倒れ伏すを見て若い女房が驚き様!!と声をあげるとその声を聞き付けたのかどうした!?と湛快が走り来た。

「湛快殿!様が、様が急にお倒れに…!」

「…。こりゃあ熱が有るな。すぐ烏をやって薬師を呼んでくれ!嬢ちゃんはオレが別当屋敷まで連れていく!」

「は、はい!」

「あと、ヒノエには嬢ちゃんが倒れたことを伝えるな。帰ってきたら教えてやってくれ」

「かしこまりました!」

言うが早いか湛快はあっと言う間にを抱き上げる。額に汗をかきはじめたを見て眉をしかめ、気が付かないように注意しながら走った。










「ただいま」

屋敷の戸を開けてみるがいつもの声が聞こえずにヒノエは首を傾げる。
買い物にでもいってるのかと思いながら寝室へと向かうがやはり彼女の姿はなくて、不安になる。
朝のあの夢。涙。まさか。

「ヒノエ殿!」

考え込んでいると後ろから女房の焦ったような声が聞こえてはっとして振り返る。
ばたばたと駆け寄ってきた女房はヒノエが振り向いたのを見て口を開いた。

「お帰りになっていたのですか!ヒノエ殿、様が昼間お倒れになって今別当屋敷の方に!」

息もつかぬ勢いで言われヒノエは小さく舌打ちして走り出した。不安にかられ愛しいおんなの体調不良に気付けなかった自分を責めた。
早く早く。ねがわくばが無事であるように。










、」

屋敷につくとちょうど薬師と擦れ違った。
薬師はヒノエに疲れからくる風邪だと言うことと薬を飲み、栄養のあるものを食べてゆっくり休めばすぐに治ると伝え帰った。
の寝かされている部屋の戸を静かに開ける。ヒノエの呼ぶ声には目を開けた。

「ヒノエくん」

少しかすれたの声にヒノエは更に自分を責める。の枕元に座り濡れた手拭いにしかれ張り付いた前髪を剥がしてやりながら口を開いた。

「悪かったね…体調が悪いのに気付いてやれなくて」

「そんな、私も気付いてなかったのにヒノエが気付かないの無理ないよ」

「けど、いとしいおんなの体調不良も気付いてやれないなんて夫失格かな」

「そんなこと…けほっ」

「ごめん…

ちゅ、と熱のせいでいつもより赤く染まった頬にヒノエは口付けを落とす。はぼうっとしてるのかそれを甘受してヒノエに手を伸ばした。

「ヒノエくん…」

「うん?何だい姫君」

「今日はずっと、側に居て…弱ると不安に、なっちゃって」

「今日だけじゃなく、いつだって大歓迎だぜ?姫君」

わざとからかうように言ったヒノエを見て、は安心したように眠った。ヒノエはそれを見て白い手に口付けをいくつも落とし、指を絡めた。









様子を見に来た湛快と母が見たのは、の横で手を繋いだまま寄り添うように寝入ったヒノエの姿だった。

















滅多にしないあとがき

きっと翌日ヒノエはすぐに伝えなかったことで湛快を責めるんだけどの隣で
寝てた事でからかわれちゃうんです(笑)
そして神子は熊野の幸と言う幸を集めた食事に呆気にとられるのです。しかもそ
んな料理は神子だけなの。ヒノエの愛ですよ(笑)