「、久しぶりね!でもいきなりどうしたの?」
「ヒノエくんと…喧嘩したの」
「ええ?」
ナギの葉の縁結び
きっかけは些細なことだった。
一週間前、買い物の帰り道に私を熊野別当の妻だと知らなかったらしい野党の群に山で襲いかかられた。
その時は小刀を持っていたから何とかそれで応戦していたけれど、
以前使っていた太刀とは違い使い勝手は悪く、
小刀で対応するには野党の人数は多すぎた。
もうここまでか、と思った時にヒノエくんが来てくれたんだけど…
過保護過ぎる彼は酷く心配し、私の外出を禁じた。
当然家事も出来なくなって女房さんに全部任せきり。
太刀を持ち歩けば大丈夫だと言っても聞く耳を持たない彼に、私も少し腹が立ち、
外に出ていないというストレスも相まって気付けば口論に発展。
弾かれるように熊野別当屋敷を飛び出してきた。
ちょうど用事があるからと熊野まで朔が来ていたのもあり、朔の宿まで一心不乱に歩き続け、これまでのいきさつを話した。
「まあ…」
「酷いでしょ?私そこまで弱くないのに…」
「ヒノエ殿もわかっていると思うわよ。それでも心配なのよ。が大切だからこそ」
「でも…」
「まあいいわ。今日は泊まっていって。で明日は、私に付き合ってくれるかしら」
「え、うんもちろん!でもどこに行くの?」
「それは内緒よ。ふふ、そうと決まったら早く寝ましょう、明日は早起きしなきゃ」
やけに楽しそうな朔に私も釣られて笑った。
「朔!ここは…」
「速玉大社よ」
明朝朔は朝市へと出向き鏡を買って、その後私を速玉大社に引っ張ってきた。
速玉大社に一体何があるって言うのだろう。
もしかしたらヒノエくんの烏がその辺にいるかもしれない。
私は不必要にきょろきょろと辺りを窺ってしまっていた。
「!こっちよ!」
朔は私の手を引いて大木の前で止まった。
「うわあ…凄い大きな木…」
頭に手を翳して木を仰ぎ見る。
余りの大きさに圧倒される。
朔は葉っぱを一枚取った。
「見て、。この葉、葉脈がしっかり通っているでしょう。昔から縁が切れない、縁結びに御利益があるって言われているのよ」
「へえ…」
「こうして鏡の底にいれて…と、これをお守りにするのよ。特に速玉大社のナギは有名なの」
「そうなんだ…」
「はい、これをに」
「え?」
朔は今朝買った鏡にナギの葉を入れたものを私に差し出した。
まるで母親のような姉のような優しい顔で笑って私に鏡を持たせる。
「早く仲直りしなさい。はヒノエ殿の隣で笑ってる時が一番幸せそうなの、私はのその笑顔が一番好きなのよ」
「朔……、ありがとう」
朔に手渡された鏡をぎゅっと抱き締めて俯くと朔が慰めるように肩に優しく触れた。
今すぐ、ヒノエくんに会いたい…!
「っ!」
そう、思った瞬間だった。
聞き慣れた声に名前を呼ばれ弾かれるように振り向けば
髪がぐしゃぐしゃに乱れている彼が、そこにいた。
「ヒノエ…くん…?」
「っ!」
走ってきた勢いのまま抱き締められる。
触れたヒノエくんの体は驚くほどに熱く、息は跳ねていた。
「、…よかった無事で…」
心底安心したようにヒノエくんが言って、存在を確かめるようにより強く抱き締めた。
されるがままに任せて、私は顔をヒノエくんの首筋に埋めた。
「ヒノエくん…ごめんね、心配かけて。でもどうしてここに?」
「お前を探させていた烏から連絡が入ったのさ。見つかったって。それで慌てて
出て来た」
「そっか…本当に心配かけちゃったね…ごめんなさい」
「いいや、オレの方こそ悪かったよ。いくらのことが心配だからって締め付けが厳しすぎた。親父にこってり絞られちまったぜ」
「お義父様に?」
「お前はまだまだ女の扱いがわかってねぇ、だってさ」
「ふふっ」
ヒノエくんの台詞に思わず笑ってしまうとヒノエくんの手が私の頭に触れ、こめかみ辺りにそっと口付けられた。
「ヒノエく…」
「だけど親父の言うとおりだ。本当に悪いと思ってるよ、だからどうか帰ってきてくれないかい?オレのお姫様」
ヒノエくんの目が酷く真剣で、私は何だか泣きそうになりながら何度も頷いた。
ヒノエくんの胸におでこを当てて着物の裾を握り締めた。
「帰るよ。もう怒ってないよ。ヒノエくんがいなきゃ、私ダメだもん」
「それはオレの台詞…かな」
零れる涙を見ない振りでヒノエくんは優しく抱き締めてくれた。
朔から貰った鏡にそっと口付けて顔をあげると、
ヒノエくんが酷く優しく笑って指をそっと絡めた。
「帰ろうか。オレたちの家に」
「…うん!」
振り返って自分のことのように嬉しそうに笑っている朔に手を振って、私たちは家へと歩を進めた。
この手を離すことがないように、改めてヒノエくんの指の感触を手に覚えさせながら。
(無印短編結婚後。
ナギの葉の話を雑誌で読んでこれは使わない手はないと思いました(笑)切な甘目指しましたけど…どうかな?)