手に余る程の花を、

たくさんの愛を、

きみにたったひとつの言葉を。









 き  み  に  、  祝  福  を  。 








「え?出かける?」

平和だった休日は、ヒノエのその一言で破られた。

「ああ、ちょっと野暮用でね」

既に上着を着、出かける準備をしてるヒノエには慌てて向き直る。

「でも、今日は仕事ないんじゃ…」

「だから、野暮用だよ。姫君にそんな顔されちゃ、行きづらいね…」

そう言われてはハッとした。
それから引きつった笑顔を作り、無理矢理に「行ってらっしゃい」と声を絞り出す。
そんなにヒノエは苦笑いし、そっと髪に指をさしこんで引き寄せて額に自らの唇を霞めさせた。

「すぐ帰ってくるよ。行ってきます」

そのまま唇に触れるだけの口付けを落としてヒノエは屋敷から出ていった。
いともあっさりと出ていってしまった彼には胸がツキン、と痛むのを感じた。

「…今日はずうっと一緒にいてほしかったのになぁ…」

はぁ、とは深い溜め息をつく。
誰にもいっていなかったが今日はの誕生日だった。
幼馴染みの譲や将臣は知っているが譲は元の世界へ、将臣は南の島へ行ってしまった。
の誕生日を知る者は今この世界には以外には一人もいなかった。
もちろん祝ってほしいが為に言うつもりもなかったし、
今日は休みだと言っていたのでただ一日側に居てくれればいいと思っていた。
まさかそれすらも叶わないなんて。

「あーあ…」

神様の意地悪、とは心中で一人ごちた。
壁に背を預け、こうなかったら一人寝だと瞼を閉じると
毎夜眠らせてもらえないせいか直ぐに心地よい眠りの世界へと誘われたのだった。









一方その頃ヒノエは市に来ていた。

「よぉ。例のもの、出来てるかい?」

「もちろんですぜ!」

店の主人と二、三言葉を交すと何かを受取り山の方へと歩を進める。
ヒノエは自分しか知らない、いつかを連れてこようと思っていた秋桜畑へと来ていた。
しゃがみこんで一輪一輪秋桜を抜いていく。
その中で殊更目立つ桃色の大輪の秋桜に先程手に入れた何かを麻の紐でくくりつけた。
そしてまた秋桜を抜いていく。
手に余る程の秋桜を手に入れたヒノエは、それを抱えいとしいおんなの待つ我が家へと向かった。








「ん…」

は微かに身じろぎ目を開けた。
部屋は少し暗くなり時が経ったことを告げる。ふと外を見れば夕日が落ちかけていた。

「や、やだっ!夕御飯の用意しなきゃ!」

わたわたと慌てては鏡台に向かう。
鏡台に備え付けられた小さな引き出しの中から櫛と髪を結う為の紐を取り出す。
髪に櫛をいれようとした所で。



声と共に落ちてくる沢山の花、花、花。あっと言う間に自分の回りは花だらけになった。

「ヒノエくん!これ…」

沢山の花を潰さないように気を付けてはヒノエに向き直る。
ヒノエは少し照れたように笑っていた。

「誕生日おめでとう、

秋桜を避けるようにに歩み寄り、目線を合わせる様にしゃがんだ。
桃色の大輪の秋桜をの手を取り、そっと乗せる。

「ヒノエくん、…知ってたの?」

「ああ、当然だろ?愛しい姫君がこの世に生まれ出た日を知らないなんて、そんなの恥だぜ」

少しおどけた様にヒノエは言って見せて、花にくくりつけた例のものー銀色の指輪を外した。
桃色の秋桜はの髪に差してやり、左手の薬指に指輪をはめた。

「愛してるよ、。きっとこの想いは永久だ」

そっと指輪に口付けての顔を見ればは大粒の涙をポロポロと溢していた。

「どうして泣くんだよ、

ヒノエは優しく言って親指で涙を拭ってやる。
けれどの涙は止まる気配を見せなかった。
はしゃくりあげながら必死で言葉を紡ぎ出す。

「ど…してヒノエくんは何でも知ってるの…かなぁ…。

まさか、祝ってもら…るな…て思わなか…た…」

そのまま白い腕をヒノエの方に伸ばしてその首に回した。
ぎゅうっと音がするくらい、はヒノエに抱きついた。

「うれしい…。うれ…しいよヒノエくん…あり、がと…う」

肩で呼吸をするの背をあやすようにぽんぽんと叩き、そのまま腕の中に抱き込む。
そうして一番伝えたかった言葉を紡いだ。

「オレがを祝いたかっただけだよ。いつかお前が祝ってくれたように。
…生まれてきてくれて、有難う。
が生まれてきてくれて、と出会えて、よかった」

それを聞いたはもう声を抑える事もせずに泣いた。
「ありがとう」と「うれしい」を繰り返しながら。
ヒノエはそんなを腕の中に閉じ込めて耳の近くに顔を寄せて囁いた。

「ずっと、側にいるよ。だからも、」




『ずっと、側に』




そのまま深く口付けて耳に差した花は落ち、他の花々と共に部屋を飾る。
沢山の花といとしいおとこに祝われては幸せだった。




に出会えて、よかった』




私はここに居ていいんだと思いながらはいとしいおとこの腕の中で微笑んだ。









ずっと側にいるよ。だからヒノエくんも…










『ずっと、側に』