お前をずっと、閉じ込めて―
籠 の 鳥
「いい天気だねー!」
言葉とは裏腹には最近悩んでいた。
何故ならヒノエの様子がおかしいからだ。
今まで毎日の様にの側に来ては甘い言葉を囁いていた。
なのに、ここのところヒノエは近寄ってくる事すらしない。
むしろ、を避けているのだ。
原因がわからないだけには戸惑い、そして悩んでいた。
「ここのところ、ヒノエ殿おかしいわね」
「朔!」
みんなが見ていない内にそっと朔が耳打ちをした。
そう、彼女はを他の誰より大切に思っている。
だからこその様子の違い、そしてその原因のヒノエの様子の違いに気付いたのだった。
「朔…気付いてたの?」
がこっそりと朔に問えば朔はええ、と頷く。
「二人とも、妙によそよそしいんだもの、気付くわ」
そんな朔の答えにはそっか、と苦笑いをこぼす。
「一体どうしたの?ヒノエ殿」
「私にも…わからないんだ」
がそう言って切な気に笑うから朔にもそれ以上何も言えなかった。
そう、と言うことが精一杯で。
朔がみんなの所へ戻るのを見届けて、は溜め息をこぼした。
にも、わからない。
昨晩も、その前の晩も、ほとんど寝ずに考えた。
それでもヒノエの様子が変わったわけはわからなくて…。
頭はごちゃごちゃ。体はフラフラ。
実は結構辛かった。
そんなの様子を見かねたのか白龍がととっとに駆け寄る。
「―神子」
そっと呼び掛けるとは青い顔で振り返った。
「神子、気が乱れてる。大丈夫?」
「大丈夫だよ、大丈…夫」
言い切る前にの体はぐらっと横に倒れる。
「先輩!!」
「―!!」
その様子を見て誰より早く動いたのは他でもないヒノエだった。
ぐにゃりと力なく倒れたの体を抱きとめ、真っ青なの顔を見て苦渋に満ちた顔をした。
「ヒノエ、そのままさんを宿まで運んでくれますか」
「弁慶」
後ろから声をかけてきた仲間にこくりと頷き、軽々とを抱えあげた。
ごめんな、と呟いたヒノエの言葉を聞き取ったものはいなかった。
「ヒノエ殿」
相変わらず青い顔で床にいるに付き添って朔は座っていた。
す…と襖の開く音と共に入って来たのは親友を悩ませている張本人で。
「は…?」
不安げにを見るヒノエに朔は戸惑う。
心配するくらいなら、何故そんな態度を取っているのか、と。
「今はよく眠っているわ。暑さが体に障るから、襖を閉めてください」
そんな朔にヒノエはああ、と言いの横に腰を下ろした。
不意に途切れる会話。
愛しげにを見るヒノエを見て、朔は口を開く。
「ねぇ…ヒノエ殿、どうしてを避けるの」
え、と弾かれた様に顔を上げる。
朔の真剣な目にヒノエは顔を背ける。
「ちゃんと答えて!」
ヒノエの様子を見て朔は声を荒げる。
普段はきっぱりと、自信を持ちあわせる有言実行の彼に違和感を抱く。
「それは…」
「う、ん…」
ヒノエが口を開きかけた時、が小さく身じろいだ。
「「!!」」
二人が声を揃えて名を呼べば、は薄く目を開けた。
「朔…ヒノエくん…」
朔はほっと胸を撫で下ろし、ヒノエはの白い手を取って頬に寄せた。
「姫君…心配したよ…」
「ヒノエくん…」
朔はそんな二人の様子を見て、立ち上がった。
「私はみんなのところに行ってるわね」
「あ…」
「無理はさせないでね、ヒノエ殿」
「ああ」
答えるが早いか、朔は部屋を出ていった。
「ヒノエくん、どうして避けてたの?」
ゆっくりと起き上がるとヒノエはその背を支える。
「姫君、まだ横になってた方が…」
「答えて」
きっぱりとした口調でに言われヒノエは口ごもる。
「避けてなんかないよ?」
「嘘、避けてた。どうして?」
今にも泣きそうなの様子にヒノエは仕方なく笑って口を開く。
「姫君にそんな顔されちゃうと…辛いな」
す…と頬を撫で、髪を鋤く。
ヒノエが触れてくれる、それだけでは涙がこぼれた。
「気付いてやれなくてごめんよ…」
体に障りのない程度に腕を引き、腕の中に閉じ込める。
「こうしてをずっと、抱き締めたかったよ…」
ぎゅ、と抱き締めてヒノエは言う。
はゆっくりとヒノエの背に手を回して側にいることを確かめた。
「をこうして抱き締めれば抱き締めるほどオレだけのものにしたくなった」
え…と顔をあげるの後ろ頭に手を回して口付ける。
「近くに行けば行くほどずっと閉じ込めて、オレ以外のヤツに見せないように。籠に閉じ込めたくなっちまうんだよ」
髪を上げて額に口付ける。
触れられなかった分を取り戻すように、たくさんたくさん。
「お前の未来も全部。」
ヒノエが真っ直ぐを見ればはニッコリと笑った。
「いいよ」
「え?」
ヒノエは言葉の意味がわからなくて躊躇する。
「ヒノエくんになら、閉じ込められてもいいよ」
はそう言って笑った。
ヒノエは少し戸惑いながら、に問う。
「いいのかい?姫君。一生閉じ込められてしまっても。一度閉じ込められたら、もう逃げれないよ?」
そしたら、お前の世界にも帰してやらないぜ?とヒノエは笑う。
それでもはいいよ、と言った。
「ヒノエくんが私だけを見てくれるならいいよ。ヒノエくんだけの、私でいたいよ」
のその言葉を聴いてヒノエは矢も盾も堪らずを床に押し倒した。
「ずっと俺だけの姫君でいてよ」
甘い甘い口付けを交わしながら深い海へと溺れて行った。
もうお前以外見ないよ。
お前が俺だけを見ていてくれるなら。