刹那的な恋だと言われたら、まさしくその通りだ。

相手はいつかはこの腕をすり抜けて帰っちまう美しい天女。

いつか、あえなくなる。そんなことわかっているさ。

それでも、あの日あの瞬間の衝撃を今も忘れられないでいる。

「姫君、散歩行こうか」

鳴れたように手を引いて砂浜を歩く。
さく、さく、と響く二人分の足音。寄せる小波の音が鼓膜を緩く震わせる。

「きゃ…」

小さく上がる少し上擦った声。ぱしゃんと跳ねた白波がの足に少しかかった。

「足、濡れたのかい?」

「あ、うん…。でもちょっとだから平気」

耳にかかる髪を耳にかける。さらりと細くて柔らかい髪が肩を滑った。

「そうか」

ぶっきらぼうに言ってもう一度歩き始める。一歩後ろを歩く彼女。
繋いだ手から感じる微かな震え。

怯えてるのは、どっちだ?

「明日は…壇ノ浦だね」

ぴくり、と繋いだ手からの微かな反応。

「怖い…かい?」

立ち止まって、うつ向いてる彼女の顔を見る。表情は窺えない。

「安心しなよ。お前は…は、オレが守るから」

「…私はみんなを守るよ」

キッと上げられた顔。強い意思を秘めた瞳を見てオレは少し笑った。

「頼もしいね、姫君」

ああ、そうか。
怯えてるのは、オレだ。

戦を恐れている訳じゃない。本当に恐れているのはその後。
戦が終わったらきっと彼女は。

「帰るの…か?」

「え?」

「いや…何でもないよ」

聞けなかった。
「帰る」と言われるのが恐ろしくて、怯えてる。

「ああ…今宵の月は十六夜だね」

十六夜―…躊躇いの意。

彼女に、少しでもここに残ると言う意思があるならば。
躊躇ってはくれないだろうか。
あの、月のように―









十 六 夜