泣くな、泣くな、泣くなよ。
澄んだ碧の瞳からこぼれ出す涙。
その悲しみに歪む顔に目が当てられない。
気付けば、柔らかい薄紫の髪に手を差し入れて頭を引き寄せていた。
涙は、オレの着物に吸い取られていく。
ぎゅっと背中に回したの腕に力が篭った。
頭をぐりぐりとオレの胸に押し付けて泣く。
苦しくて、愛しくて、余っていた片手をの背中に回した。
何かを埋める様に掻き抱く。
きっと苦しいだろう。でもは何も言わない。
「仕方ないんだ…、」
「っ…う、ん…!」
本当はわかっているんだろう?
涙声で答える彼女、その細い体で、苦しみに耐えていたのか。龍神の神子という重圧に。
「これが、戦なんだよ」
人が死ぬ。人の命を人が奪う。
戦とはそういうものなんだ。
オレの手は、当に血に汚れている。そして、お前の手も。
返り血を浴びて、少し赤く染まったの長い髪を鋤く。固まった血が手を止めた。
「殺したヤツに、詫びがしたいかい?…」
は小さく頷く。余りにも弱々しい。普段の凛とした彼女の姿は何処にもなかった。
「ひとつだけ、あるよ。死んでいった奴らに、奪った命に報いる方法」
その言葉に、弾かれた様には顔をあげる。その瞳には懇願の色が浮かんでいた。
「何…!?方法って、何!?教えて、ヒノエくん…!」
背中に回していたの腕はいつの間にか胸の前で着物を掴んでいた。
そこに皺ができるんじゃないかと言うほど強く握り締めていた。
の背中から手を退けて握り締めていた手をそっと開く。
その様子に目を下に下ろしたに言葉を落とす。
「報いたいならば、方法はたったひとつ。…忘れないことだよ」
「…忘れない、こと?」
力の抜けたの手にそのまま指を絡める。両手を繋げて軽く自分の方に引いた。
ととっとはオレの方へ傾く。
「…命を奪ったそいつらの事を、奪った命を忘れない事。
それが、そいつらの命に対するせめてもの報いだ」
は驚いた様に目を見開いた。そして、少し戸惑った様に視線を泳がせ、うつ向く。
「その人達にも、家族が、大切な人達が、待っていてくれる人達が居たかも知れないね…」
「ああ、そうだな」
答えれば、きゅっと繋いだ指に力が篭った。
「忘れないよ、私。その人達に報いたい。その命が確かに在ったんだ…って」
「…ああ」
肩を震わせて、声を震わせてが呟く。その様子にオレは顔を覗きこもうと首を傾げた。
「…?泣いているのかい?」
ふるふると弱々しく首が振られて、とんと額が胸に付けられた。
「泣いてないよ。…泣かないよ、だって、」
今、泣きたいのはきっと私じゃないの。
そう呟いた小さな少女を、オレはただ引き寄せた。
繋いだ指から微かに伝わる振動が、切なかった。
石をもうがつ涙
(泣きたいのは私じゃなくて死んでいった人と、その人の帰りを待っていた人達なんだよ)