「何…で」

私は思わず口元を抑えた。何故ならいるはずのない人が目の前で笑っていたから。紅緋の髪を、風に揺らして。













「ヒノエ…くん?本当にヒノエくんなの?」

「本物だよ、

少し背は伸びたのかな。
こちらとあちらでは時間の流れが違うからもしかしたらあちらではもう一年くらいはたったのかも。
ヒノエくんは少し男らしくなった顔付きでにこりと笑った。

「やれやれ姫君、そんな幽霊でも見るような顔しないで」

そう言ってヒノエくんは私の腕を掴み引き寄せる。直ぐ様手は腰に回り手慣れたように後ろで交差させた。

「心配しなくてもオレは正真正銘ヒノエだよ。姫君のたった一人の王子様だ」

「ヒノエくん…」

私を抱き締める手慣れた感じとか、微かに香るヒノエくんの匂いとかが私を安心させて強ばっていた体の力を抜いた。
ヒノエくんは嬉しそうに笑って信じてくれたかい?と聞いてきた。無邪気なその笑顔は前と変わらない。

「うん…ヒノエくん、でもどうしてここに?」

「そんなの、今はどうでもいいだろ?」

ちゅっとわざと音を立ててヒノエくんが額にキスを落とす。

「それよりもっと、オレと会えた事を喜んでよ。それとももうオレの事なんて嫌いになってしまったかい?」

眉尻を下げてヒノエくんが悲しそうな顔をしたので私は慌てて首を振った。
嫌いになるわけない、なれるわけない。だって今もこんなに泣きそうなんだよヒノエくん。

「そんなわけないよ!ヒノエくんにもう会えないと思って私凄く悲しかったんだ
から!今だって、もう、泣きそうなんだよ…」

私がいっぺんに言うとヒノエくんは少し困った顔で笑う。骨ばった細長い指が私の頬を滑っていく。

「泣いてよ

「え?」

「オレの為に、泣いて。酷い男だろう?だけどこれはオレの本心だ。お前がオレの為に泣いてくれるということが酷く嬉しい。」

「ヒノエくん…。ううん、酷くなんかないよ。私もきっとヒノエくんが私の為に泣いてくれるなら嬉しくなっちゃうから」

「お前は本当に優しいね…

ゆっくりと頬を撫でていた手は耳に行き着いてヒノエくんの熱い唇は頬に触れた。途端に顔に熱が登る。ヒノエくんはそんな私を見てくすりと小さく笑った。

「お前だから…こんなに惹かれたのかな。諦めきれなくて、会いに来ちまうくらいに。」

「ヒノエ、くん」

「お前を、愛してるよ…」

「っ…私もだよヒノエくん!」

堪えていた涙はとうとう堪えきれず両目から溢れ出し、そんな顔を隠すようにヒノエくんのお日様色のセーターに顔を埋めた。
ぎゅうっと抱きつくとヒノエくんの腕が優しく背中に回り、耳にあった手は優しく顔をあげさせて涙を拭った。
つつ…と親指が唇を滑りヒノエくんが近付く。全てを理解して黙ってそっと目を瞑った。

「愛してる、…」

唇が触れ合う寸前に聞こえた言葉にまた涙が溢れ出した。