あいしている

この緑濃い熊野のなか、

何処へも出したくない程に。

あいしている

だから自由な青い空へと、

どうか還らないで。









も出来ない程にが好きだから










愛しくて。余りにも愛しすぎて。

天女の羽衣を隠して、この地に縛りつけたい。

それは、どうしようもない我儘。自分勝手。

が今更帰ったりしない事くらい、

そんなひどいおんなじゃない事くらい、わかっていても、

胸の奥、くすぶる不安はいつまでも消えない。

心を手に入れて、

体も手に入れて、

これ以上どうしようもないのに。

くるおしい程の愛。

どうか、これ以上オレを狂わせてくれるな。

目の前から、いなくならないでくれ―










「あ、ヒノエくん!」

後ろから鈴の様な声がかかる。
はっと後ろを向けば、そこには愛しいおんなの姿。思わず名を呟いた。

「…………?」

「わ!どうしたの?汗びっしょり!」

ぱたぱたと軽く足音を立ててオレの所へ走りよった。
白いか細い手が、そっとオレの頬に触れる。それはひんやりと冷たくて。
上から手を重ね、気持いい、とひとりごちる。

「ふふ、冷たくて気持いい?」

「ああ…」

ふわりと花のように微笑む彼女。心の奥の不安が少しだけ溶ける。

「何処に…いってたんだい?姫君…」

重ねた手を頬から下ろし、きゅっと繋ぎ合わせる。反対の手で髪や着物に付いた葉っぱを取った。

「あ、えっとね、お天気が良かったから少し市に出てたの」

「そうか。何か収穫はあったのかい?」

「ううん、特には。途中で水軍の人と会ってね、今日はもうお仕事が終わったって聞いて慌てて帰ってきちゃった」

えへへ、と少し照れた様に笑う。さら…と風にそよぐ絹糸の様な髪を鋤き、頭を撫でた。

「それは、悪かったかな」

「ううん!だってヒノエくんを迎えるのが私の役目だもん。それに私も、早く会いたかったの」

だから、気にしないで?と鈴の様な声が響く。
嗚呼、愛しい。ぎゅうっ…と心臓が苦しくなって、胸が詰まる。
ヒノエくん?と不思議そうに目をぱちぱちとさせるを柔らかく引き寄せた。

「…どうしたの?」

おとなしくオレの背中に手を回してが問う。胸の辺りにかかる息がくすぐったかった。

「何でも、ないよ」

本当は、何でもなくなんかない。

屋敷に帰って、いつも迎えてくれる愛しいおんなの姿がなく、女房に聞いてみればふらふらと屋敷を出ていったと言う。
まさか、と言う想いが頭をよぎって、気付けばばたばたと駆け出していた。
屋敷内の部屋と言う部屋を見、庭をも走り回って。
それでもあの花の笑顔が見れない。鈴の様な声も聞こえない。苦しくて、胸が潰れそうだった。

そんなことは、言えない、けど。

ぎゅっと強く抱き締めた。も暗黙の了解の様に強く抱きつく。

「あ、そうだ」

「ん?」

「おかえりなさい、ヒノエくん」

ふわりと花の様に笑んで、鈴の様な声で。
嗚呼、ここに愛しいおんなが居るのだと伝わる体温が、声が、姿が教えてくれる。

「―ただいま、

笑顔でオレも応えた。
君がいる。其だけで不安は溶けて消えた。

腕の中の熱をはなさないように、いつまでも。