迎えにきたよ、姫君。
「はぁ…」
人のいない屋上では溜め息をついていた。
空では自由に鳥が飛んでいる。
つい最近まで戦乱の真っ只中にいた事が、まるで夢の様で。
ほんとに夢だったのではないか、とたまには思ってしまうのだ。
でも確かにあった現実。
確かに実在したんだ、ヒノエも。
共に戦い、清盛を撃ち破り、共に生きようとしてくれた。
「ごめん…私やっぱり…」
そんな彼には残酷な答えをした。
全てを請け負うと言ってくれた彼に、
優しさに甘えていた。
純粋に恋をしていた。
それでも。
産まれ育った世界を捨てる事なんて出来なかった。
「最低だ、私…」
好きだ、と言ってくれた彼を残して譲と帰ってきた。
その事が一番良いことだと思っていた。
でも最近思っている。
それは違ったのかもしれない、と。
あんなに帰りたかったこの世界。
なのに今は向こうの世界に行きたいと思っている。
彼に逢いたい、と願っている。
白龍の逆鱗を返してしまったにはもう時空を越える力なんてない。
どうしようも…ない。
「っ…!」
突然涙がこぼれ落ちた。
逢いたいのにどうしようもなくて、は泣き出した。
「ヒノ…エくん、ヒノエ…くんっ!逢いたい…!」
「姫君」
突然後ろから懐かしい声、呼び方。
こんな呼び方をするのは一人しかいない。
こんな甘い声を忘れるはずがない。
逢いたい、と思っていたたった一人の人。
「ヒノ…エくん…?」
恐る恐る後ろを振り返る。
そこには確かにあの時の格好の彼がいた。
赤い髪、赤い瞳の彼が。
「やあ姫君、元気かい?」
「ヒノエ…くん」
「真珠のような涙も美しいけれど、姫君には可愛い花のような笑顔でいてほしいね」
そう言いながらヒノエは親指での涙を拭った。
「どうして…どうやってここに…!?」
するとヒノエはふっと笑んで言った。
「どうして?そんなの姫君に会いたかったからに決まってるだろ?」
愛しげに頬を撫で、髪を一房取り口付けた。
はその行為に反応することなく続ける。
「違う…!どうやって、ここに…」
が泣いた後の拙い言葉で言えばヒノエはああ、と納得したように言った。
「それはこれだよ」
すっと取り出したのはが帰る時に手放したもの。
「白龍の、逆鱗…」
「ああ、白龍に借りてきた。…お前をさらうために」
あっさりと言ってのけたヒノエには唖然とする。
今ヒノエはさらう、と言わなかったか。
「さらう…?」
驚き混じりに確認のため繰り返せばヒノエはああ、と頷いた。
「お前を迎えに来たんだよ、…」
抵抗しないの体を抱き締めて耳元で囁いた。
気付かずは泣いていた。
嬉しくて、でも苦しくて。
「でも、あそこは、」
私の世界じゃないから、と言おうとした言葉をヒノエによって遮られた。
「自分の世界じゃないって言うんだろ?でも違う、お前の好きなヤツのいるところがお前の世界だ」
強い語調で、懇願するようにヒノエは言う。
「な、オレが好きだろ?。さらわれなよ」
ここまで言われて心が動かないわけがない。
自分がどっちを選ぶかなんてもうわかりきっていた。
それでも、不安はあるから。
「でも、さらわれて、もしヒノエくんに嫌われちゃったら?私行く場所なんてないよ」
「嫌うわけないだろ?」
「わかんない、人の気持ちはうつろいやすいもの」
が不安気に言えばヒノエは安心させるように優しく。尚且きっぱりと言った。
「確かに人の心は見えない、はかれない。人の心を保証するものなんてない。
それでもオレは誓うよ。お前だけをずっと愛する。誰でもない、オレ自身の心に誓うよ」
「ヒノエく…」
「だから、オレに賭けなよ。オレを選びなよ」
愛しい人にここまで言われてどうしたらいい?
もうどうしようもないくらい愛してる。
大切な人、大切な場所、どちらかを選ばなきゃいけないなら、私は。
「…うん、」
ヒノエの腕の中で、服に皺がつくくらい掴んで、言う。
「…ヒノエくんに、賭けるよ。ヒノエくんを、選ぶ。…さらって」
言った瞬間、ヒノエの腕の力が強まった。
息が出来ないくらい、強く、強く。
をもう離さない、とばかりに。
「…二度と離さないよ、」
「…離さないで」
たったひとつ、選ばなければならないなら、それひとつ。
ヒノエくんを選ぶ。
ヒノエくんと共に生きる未来を選ぶ。
たったひとつ、それひとつ。