それは本当にほんの一瞬の出来事で、

―どうしようもなかった






んね






!」

え、と振り向いた瞬間見えたのは横に倒れる赤い髪で、

赤い鮮血が土とに染みを作った。

なんとか右手をついて倒れるのを堪えたヒノエを見ては叫ぶ。

「ヒノエくん!」

腹部から大量の赤い鮮血。

浅い傷じゃない事はよく見るまでもなく明らかで。

それでもを守るために装備していたカタールは血に染まっていて、を狙っていたはずの敵は声もなく地に伏していた。

「ヒノエくん!ヒノエくん!」

ヒノエの顔が真っ青では気が焦る。

誰よりも傷付けたくなくて、失いたくなくて、逆鱗を使って歴史を歪めてきた。

まさかこんな形で失うのか。

それが歴史を歪めた代償なのか、と。

ヒノエの顔に血の気が無くて、はぼろぼろと涙をこぼした。

「ごめんなさい、ごめんね。私のせいで、ごめん」

ヒノエは話すことも苦痛なのか痛みに顔を歪めて笑った。

ゆっくりと開いた口からはいつもの甘い言葉など出ずにただ一言。

「気にするな」

と。

そう言った後、ヒノエは意識を手放した。









「朔…みんな」

気を失ったままのヒノエの横にずっと付き添ったままのの前に八葉達が現れる。

…ちゃんと寝なきゃ。あなたが体を壊してしまうわ」

「先輩、食事もとってないでしょう?これ食べて下さい」

さん、ヒノエなら平気ですよ。傷もそんなに深くなかったし、安静にしていればすぐ目も覚めます。ですから、今は自分の身体を休めてください」

「でも、ヒノエくんは私のせいで怪我したのに、」

きゅっと唇をかんで泣くのをこらえるように言葉をつむぐ。

「私だけ、休むなんて・・・」

手のひらに食い込むくらいの手が握りこまれたのを弁慶は見逃さなかった。

に歩み寄り、そっとの手を解して、できるだけ優しく言ってやる。

さんが休むことは、ヒノエのためにもなるんです」

「え?」

はじかれたように顔を上げたの目尻には、やはり涙がたまっていて、指でぬぐいながら、弁慶は話を続けた。

「ヒノエが目を覚ましたとき、さんが具合が悪くなっていたりしたら、ヒノエは気が気じゃないでしょう。

守れなかったのか、と悔やむかもしれない。

だからさんにはヒノエが目を覚ましたとき、できるだけ元気な姿でいて欲しいんです。

ヒノエが安心できるように。安心して休んで、早く怪我を治せるように。・・・分かってくれますか?」

優しく手を握ってに問いかければははい、と頷いた。

「ヒノエくんに早く怪我治してもらいたいし・・・わかりました」

苦笑いで言うを見て弁慶は安心したように微笑んだ。

「物分りがよくて助かります。さすがヒノエが惚れた女性ですね。・・・さ、広間に行きましょう。栄養のあるものを食べていただかなければ」

「・・・はい」

の手を取り、弁慶は立ち上がる。

朔や譲に迎えられて、二人は広間へと向かった。





「う・・・」

食事も終わり、がヒノエの様子を見に来るとヒノエが苦しそうに身じろぎしていた。

「!ヒノエくん!?どうしたの!?痛いの?苦しいの?」

慌てて駆け寄って問いかけるがヒノエはまだ眠りの中から覚めておらず答えは返ってこない。

「うっ・・・ううっ・・・!くっ・・・!」

「どうしよう・・・!弁慶さんを呼びに行かなきゃ・・・!」

苦しみ続けるヒノエには慌てて立ち上がる。

するとヒノエからくぐもった声が聞こえた。

・・・!、いくな・・・!くっ・・・!」

「え?」

名前を呼ばれたことに驚き振り向くがヒノエはやはり苦しそうに呻いているだけだった。

・・・っ!、っ・・・!ううっ・・・!あっ・・・!」

「ヒノエくん・・・!」

苦しそうに自分を呼ぶ彼に答えて、かたく布団を握り締めていたヒノエの手を取った。

「ヒノエくん・・・!ヒノエくん・・・!」

答えるように名前を呼ぶ。

お願い、目を覚まして。もう苦しまないで。

祈るように手を硬く握った。

「っ・・・!う、うっ・・・!・・・!」

無意識にヒノエはの手を握り返す。手が痛くなるほど、強く。

・・・!うあ・・・っ!」

ぎゅっと手に力がこもっては痛みに顔をしかめ、思わず目を瞑った。

力が緩んで、ヒノエを見ると目を開けて肩で息をしていた。

「ヒノエくん・・・!」

・・・?」

焦点の合ってないような、ぼうっした顔でを見る。

「ヒノエくん、よかった・・・!」

の目から涙がこぼれるのを見て、ヒノエは空いたほうの手でを引き寄せた。

「ヒノエくん・・・?」

強く力を入れてを抱きしめてよかった・・・とヒノエは息を吐いた。

「お前が、いなくなっちまったのかと思った。あの時、守れなかったのかって」

苦しいくらい抱きしめられて、ヒノエの気持ちが嬉しくて、は涙した。

「私は、大丈夫。ヒノエくんが守ってくれたから、怪我一つしてないよ」

ヒノエの腕の中でそういえばヒノエは少し身体を離して「ほんとかい?」と問いかけた。

「ほんとだよ。ヒノエくん、信じてないの?」

ちょっとむくれた顔でが言えばヒノエはごめんごめん、と軽く謝った。

「姫君は、心配かけまいといわない可能性もあるからね。・・・優しいから」

の耳に触れて柔らかく笑った。

はヒノエの笑顔にほっとした。

さっきまで、少なからず不安だった。

ヒノエを失ってしまうんじゃないかと、怖かった。

ヒノエの手が暖かくて。温もりを感じられて。ヒノエがここに存在している。

は知らないうちに泣いていた。

「姫君?どうしたんだい?」

優しく問いかけるヒノエの腕の中には矢も盾も堪らず飛び込んだ。

「っ・・・!ごめ、んね・・・!ごめんね・・・!私のせいで、ごめん・・・!

痛っ・・・い思い、させて・・・ごめ・・!っ・・・私、何も、でき・・・なくて・・、ごめんなさい・・・!」

はぼろぼろに泣いていて、聞きとりずらい言葉も一字一句残さぬようヒノエは耳を傾けた。

泣きながら、必死で謝る彼女をひどく愛しいと思い、腕に力を込めた。

「・・・お前を失うことに比べたら、こんな傷痛くもなんともないよ」

「でもっ・・・!さっき、寝てるとき、ヒノエくん、苦しんでたもん・・・!」

泣きじゃくってが途切れ途切れに反論すればヒノエは腕に力を込めて呟いた。

「・・・・・お前を失う夢を見たんだよ。

暗闇の中、お前は笑ったまんま闇に消えていくんだ。腕を掴んでも風の様にするりと抜けて、捕まえられなくて。

どんなに名前を呼んでも振り返らなくて。走っても走っても追いつけない。

・・・怖かったよ、お前を失ったのかと思って」

「それで、あんなに苦しんで?」

の問いかけにヒノエは自嘲気味に笑っていった。

「ああそうだよ。笑っちまうだろ?怖かったんだ、何より、お前を失うことが」

真剣な顔を見て、はくしゃくしゃに顔を歪めて泣いた。

「私、もうヒノエくんから離れないよ・・・!ずっと、ヒノエくんのそばにいるから・・・」

だからもう、無茶しないで。

そういった言葉はヒノエの唇に飲み込まれて消えた。



オレが絶対守るから、とヒノエは言った。

私がヒノエくんを守るよ、とは言った。



絶対、守るから。もうこんなことがないように。

お前を、

あなたを、

「「絶対守るから」」