太陽











目覚めた瞬間目に入ったのは破顔した愛しいおんなの顔と柔らかな声だった。

「ヒノエくん、誕生日おめでとう!」

「ありがとう、

そっと手を伸ばして髪の間に差し入れる。少し力を入れて引き寄せて、口付けを交わした。

「ヒノエくん、今日はお仕事ないんだっけ?」

「ああ、今日は休んで構わないって部下共が言ってくれてね」

「そうなんだ、みんないい人たちだね」

の手作りの朝食を終え、寛いでいるとが今日は休みなのかと聞いてきた。
少し考えたように唸り、やがて大きな瞳をオレに向ける。何を言うのかと内心首を傾げているとが口を開いた。

「じゃあ、ちょっとお願い聞いてもらってもいいかな?」

「うん?何だい」

「あのね、ふたりで一緒に行きたいところがあるの」





にそう言われて準備をして出掛けた。
市や港を回って二人で出掛けるのは余りに久しぶりであっという間に時間は過ぎ、夕日がそろそろ海へ還ろうとしていた。

「―そろそろ、いい、かな…」

さっきまではしゃいでいたが突然黙り込んでぽつりと呟いた。

「え?」

「お楽しみはこれからだよ、ヒノエくん」

にこっとオレを見上げて微笑んで珍しくから手を繋いできた。
その細くて少し冷たい手に引かれるがままに付いていった。

、いったいどこに行くんだい?」

熊野の山を分け入ってはずんずんと歩く。オレの問いかけには答えぬまま暫
く歩いて少し開けた場所に出るとは手を離して振り返った。

「良かった、間に合ったみたい」

そう言って手招きをする。オレが近付くと木々の間から熊野の美しい海が見えた。

「うわ…」

熊野を見慣れているオレでも思わず声を上げてしまう程、それは美しかった。

燃えるような赤い夕陽が段々と熊野の澄んだ蒼い海に溶けていく。
刹那的な美しさ。
空は赤から藍へと変化していく途中で二つの色が綺麗に混じり合っていた。

「ね、ヒノエくん綺麗でしょ?この間散歩してた時に偶然見て、ヒノエくんと一
緒に見たいなって思ったんだよ」

ふふっと笑いながらが傍らから語り掛ける。
側にあるの小さな手を握り込んでオレも答えた。

「ああ…凄く綺麗だ。有難う…」

「うん。ヒノエくんお誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、有難う…」

こつん、との頭がオレにもたれ掛かってきた。
そのままオレ達は夕陽が沈むまでそこでじっと見つめていた。

何処よりも美しい、この極彩色の熊野の海を。