柳生の魅力をわかるのは私だけで良かったのに。
「柳生くんってかっこいいけど紳士的過ぎて近寄りがたいよねー」
なんていう女子の会話を聞いてしまって悲しそうに眉尻を下げる可愛い柳生とか、
テニスをしてるときの鋭い柳生とか、
知ってるのは私だけで良かった。
気付いてるのは私だけで良かったのに。
仁王のせいだ。仁王のせいで、
「柳生くんってちょーかっこいーマジやばいー」
なんていうようなふざけた女が増えたんだ。
仁王が柳生と入れ替わりなんてしなければ。
「柳生くんここ教えてー」
「いいですよ」
柳生は紳士だから、誰にでも優しくする。
それが彼のいいとこで、私の嫌いなとこ。
柳生と私はただの友達で、柳生が誰かに媚びを売られていてもこうしてただ見ているだけしか出来ない。
悔しくて情けなくて涙が出そうだ。
「おやさん、どうかしましたか」
柳生は、私だけ名前で呼んでくれる。
それは親しいことの証で、嬉しく感じる。
「何でも…ないよ」
無理に笑えば柳生の机に手を付いて媚びを売っていた女が睨んでくる。
嫉妬出来る権利は私にも彼女にもないのに、なんて滑稽なんだろう。
私はひとつ、溜め息をついた。
「気分悪いから保健室行ってくるね」
「あっさん!」
柳生が立ち上がったのは机と椅子が立てた不協和音でわかったけれど私は振り向かなかった。
優しい優しい紳士の柳生が、女の子を置いてこっちに来るはずはない。
保健室に行くのもなんなので次の授業はサボろうかと屋上の方向に足を向けた時だった。
「あっ先輩!」
「赤也」
「もう授業始まるのにサボりッスか〜?」
「そういう赤也こそサボりじゃないの?」
「ちっがいますよ〜。見てくださいこの勉強道具を!次の授業教室移動なんスよ」
「あーなるほど。じゃあ授業中に寝ないようにね」
「へ〜い…でも先輩元気ないッスね」
大丈夫ッスか?と赤也が肩に手をかけた時だった。
「さん!」
「柳生…」
普段は滅多に大声を出さない柳生がいつの間にか廊下にいて叫んでいた。
「切原くん、女性の体を気安く触るものではありません」
「はいはいすいませんでしたー。じゃ先輩また!」
「あ、うん。寝るなよー」
「ウィッス!」
廊下を歩いて行く赤也にひらひらと手を振って見送る。
そして柳生に向き直れば柳生は試合の時みたいな鋭い顔つきになっていた。
「何怒ってるの」
「怒ってなどいませんよ」
「嘘、怒ってるよ。私わかるもん」
「さん…」
柳生が困った顔で眉尻を下げる。
私の名前を呼んだその時に予鈴が鳴って、柳生は口を噤んだ。
「…さん、ともかく戻りましょう」
「嫌、戻らない」
「さん、」
「嫌!」
子供みたいにブンブンと首を振って柳生を困らせる。
柳生の困った顔が見たくなくて俯いた私の視界は涙でぼやけていて、ぽたりと涙が廊下に落ちた。
「…さん、泣いているのですか?」
柳生の心配した声に私の涙はぼたぼた落ちる。ぎゅっと唇を噛みしめても、止まらない。
私に触れようか触れまいか、迷っている柳生の手が見えて、私はその手に自分の手を重ねた。
「…柳生」
「…はい」
「私は、柳生を独占する権利が…欲しいよ」
「…さん」
戸惑って名前を呼ぶ柳生の声。
困らせたかったわけじゃない、だけど言わずにはいられなかった。
私が触れていた手を離そうとしたその時に、柳生にそれを止められる。
思わず顔を上げてしまったら、柳生が困ったような、でも優しい顔で涙を拭いながらこういった。
「奇遇ですね…私も同じことを言おうと思っていました」
切原くんに嫉妬したんですよ、と言って私の涙を唇で吸い取った柳生に私達は赤面することになるのだった。
欲張りな恋して