「バレンタインデーキーッス♪」
軽やかにシャラララと歌いながら今にもスキップしだしそうな浮かれた少女が一人。
向かうは大好きで大切な彼氏の一人住まいの家。大きなマンションのオートロックを前にインターホンを鳴らす。
「はい?」
独特のイントネーションの低い声が聞こえて逸る心を抑えて応える。
「侑士ー、私。。」
「ああ、か。待ってたで」
その声と同時に開けられた扉。
ガチャ、と応対の終わる音が聞こえては少しもの悲しさを感じながらエレベーターへと滑り込んだ。
「いらっしゃい」
ガーッと開くエレベーターのドアの前に黒のニットを着た侑士が立っていてはびっくりする。
きょとんとしているに侑士は少し笑って肩を抱いてエレベーターから連れだした。
「お出迎えはうれしくなかったか?姫さん」
「そ、そんなことないよ!びっくりしただけ!」
「そっか。なら良かったわ」
鍵を閉めずに出てきたのだろう、ドアノブを回してを部屋へと促す。
はお邪魔しますと言いながら慣れた様にあがり、侑士を振り返った。
「侑士、部屋?リビング?」
「ん?部屋でええやろ。DVDも見るゆうてたやん」
「そっか。侑士ん家ってリビングなんもないもんね」
「リビングにはDVDプレーヤーないからあんまりいいひんからなあ。しゃあないやろ」
「そうだねー」
「あ、。コーヒーでええか?」
「ん。お砂糖とミルク忘れないでねー」
「はいはい」
そう言っては侑士の寝室に、侑士はキッチンへと入っていく。
が部屋で上着を脱ぎ、目的のDVDを探し出してDVDプレーヤーにセットしたころ侑士がコーヒーを持って部屋へと戻ってきた。
「お待ちどうさん」
「ありがとー」
小さなテーブルにコーヒーを乗せ、侑士はベッドの前の床に座り込む。
はテレビの前から侑士の隣にいそいそと移動して座り込んだ。
「はい、侑士。バレンタインデー」
「お、ありがとさん」
にこ、と笑ってが四角い箱を差し出す。
侑士が箱を開けると中にはビターチョコレートのガナッシュ、トリュフなど沢山のチョコレートがはいっていた。
「今年はアソートにしてみました☆」
それらのチョコレートはの手作りで、侑士は嬉しそうにそれらの内の一つを口に含んだ。
「甘くなくて美味いわ」
「よかった」
侑士はコーヒーもブラックで飲む派。
あまり甘いものが得意な方でもないのではオールビターチョコレートで揃えたのだった。
「それにしても、」
「ん?」
「何でわざわざ家で手渡しなん?学校でも良かったんやないの」
「学校じゃ中々二人きりになれないからね。話したいこともあるし」
「話したいこと?何や?ああ、別れ話とかは勘弁やで。俺いないと生きていけへんから」
「やだなあ、侑士ってば大袈裟」
「大袈裟やないって、ほんまのことやし」
「えー?」
さも楽しそうにくすくすと笑うの前髪をあげて侑士は額へと軽く口付ける。
びっくりしたのか笑うのをやめたにくすりと笑いほんまやで?と言った。
「侑士ってば…」
「照れとるん?かわええな」
「違うよ、もう。私は侑士に言いたい事があるの!」
「ん?何?」
忍足侑士ファンクラブのメンバーがいたら鼻血を出して卒倒しそうな顔で笑いながら侑士はを見つめる。
は決意したようにキッと侑士を見るとバッと腕を広げた。
「侑士!私に甘えなさい!」
「…は?」
ぽかん、と呆けた顔をした侑士には腕を広げたまま言い放つ。
「だっていっつも侑士は私を甘やかしてくれるじゃない?だから私もお返し。甘えて?」
小首を傾げ甘えて?と言うにはぐらりと来るものがあった。
けど侑士はすんでで理性を騒動員して耐え、を片手で抱き寄せた。
「…侑士?」
「、知っとる?海外では男が女にプレゼントするんやで?」
「知ってるよ。だけど…」
「俺は甘えるよりに甘えられる方が嬉しいんやで?ああ、そやな。に抱きつかれたいんやけど、今。」
笑いながらそう言う侑士は巧い。
抱きつかれたいと甘えてくるなんて、考えもしなかった。とは思った。
もにっこりと笑いながら侑士の広い胸板に飛込んだ。
それを侑士も受けとめてゆっくりと背に腕を回した。
「侑士〜」
はぐりぐりと頭を押し付けてぎゅうっと抱きつく。侑士もそれに応えて強く抱き締める。
髪を鋤きながら困ったような嬉しいような声で笑った。
「何や、今日は随分と甘えたやなあ」
「侑士の望みを叶えてあげようと思いましてねっ」
ぴょこんと侑士の胸板から顔をあげふざけたようには言う。
侑士は嬉しそうに笑いながらほならもっとお願いするわ、との頭を胸に埋めさせた。
侑士の体からはの贈ったビターチョコレートの香りがした。
はんなりと香る彼に贈ったビターチョコレート