触れたくて、触れられなくて、やっと、





……やっと、届いたんだ。
この、手が。















真冬にぽたりと落ちるひとしずく















バレンタインデーなんて、お菓子業界が用意した甘い企業戦略だ。

そうわかっていても女はチョコレートを用意するし、男は好きな女から貰えるのを期待して。
毎年浮かれた雰囲気に馬鹿らしいと、そう思っていたのに。
まさかこの俺がチョコレート一つで一喜一憂するとはな…。

?」

「あ…とべ」

明らかにチョコレートが入っているであろう紙袋を後ろ手に隠して入り口からは入ってきた。

「跡部、何やってるの?」

「アン?今コート行くとうるせーからな。避難だ」

「あ、そ、そっか!大変だね!」

「まあな」

どもりながらは教室に入って俺の隣の席まで来た。
フックにひっかけていた自分の鞄を持ってじゃあ、帰るね、と足早に言って。

「っおい!」

入り口まで走っていったを思わず席から立ち腕を掴む。
びくりと体をこわばらせたの手に持ったシンプルな袋を見ながら口を開いた。

「…その袋、バレンタインのチョコレートなんだろ」

「渡さねーのかよ。それ」

硬直した様には動かない。
そんなに焦れて手を強引に引きこちらを向かせると酷く困惑した表情で俺を見上げてた。

「…渡さねーのかよ」

「だっ、てその人いっぱい貰ってるし、私のチョコなんか迷惑かも」

「それはお前が決めることじゃねぇ。決めるのは貰った相手だろうがよ」

「きっと高いチョコをいっぱい貰ってるし、私の手作りチョコなんて…」

「そんなの、わかんねぇだろ。勝手に決めつけて自分の行動縛んな。そんなに渡すのがこわけりゃ俺が渡してやるよ」

「えっ…いい!」

「逃げて後で後悔したって仕方ねぇだろ」

「そ…だけど、怖いよ、拒絶されたら…」

「そんなことしたらその相手のやつ俺が殴ってやるよ」

そう言って掴んでいたの手を放すとは一瞬目を見開いて、その後困ったように笑った。

「それは…無理だよ」

「何でだよ」

「だってそしたら跡部、自分で自分を殴らなきゃ」

「…は?」

自分でもすげぇまぬけな顔をしてただろうと思った。
困ったように笑ったが紙袋を俺に差し出す。
決意した様に真面目な顔で俺を見た。

「…好きなの」

聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそう呟いてはうつむいた。
俺は何も言わずに渡されたその袋を開けて中から包装された小さな箱を取りだし、開ける。
手作り独特の少し不格好なガトーショコラ。
切り分けられたそれを一つ取って口に入れた。

「…美味い」

弾かれた様に顔をあげたを見ながら俺は指についたシュガーを舐めとる。
手に持っていた箱と袋を手近な机に置き、に一歩近付いた。

「…、俺は」

「おーい!跡部ぇーいるかー!?」

口を開いた瞬間廊下から聞こえてきた叫び声に慌てての手を掴みロッカーの中に滑り込む。

「ちょ、跡部!」

「いいから静かにしてろ!」

バタバタと過ぎ去る足音にホッと胸を撫で下ろす。
空気穴しかない薄暗くて狭いロッカー。
は俺の腕の中で大人しく縮こまっていた。

「珍しく大人しいな」

「だっ誰のせいよ!」

顔をあげたと見下ろした俺と視線が絡み合う。
照れたように視線を外そうとしたの顎を捕え、触れるほどに顔を近付ける。
お互いの息遣いすら感じられるくらいに、近く。

「―俺も、好きだ。…

囁くように言って目を瞑った。





強引に腕を取り、引っ張り込んだロッカーの中、
熱くて狭いそんな最悪な空間で俺たちは初めてのキスをした。



















ロッカーの外に忘れ去られた様に置き去りにされたガトーショコラの箱の蓋が机から落ちた音すら気付かず、
ロッカーの中にどちらのものかわからない汗がぽたりと落ちた。