学校中がそわそわと浮足立つ恋する乙女の日、バレンタインデー。
誰にあげる?ときゃっきゃと話す生徒。もらえるかとそわそわとする生徒を見て私は小さく溜め息をついた。
没収チョコレート、お味はいかが?
「ねぇチョコレート持ってきた?」
「持ってきた持ってきた!奮発してダロワイヨ!」
「私はモンサンクレールだもん!」
「ねね、誰にあげる?」
「私は丸井くん!そっちは?」
「私仁王くん!」
廊下の先で紙袋を持って話す女子を見てはあ、と溜め息をつく。
ぱっと振り返れば後ろには生活指導の先生。
もう一度はあと溜め息をついて彼女たちの所まで歩く。
「こーら。」
「きゃ、」
「センセ!」
ポコポコと教科書で叩くと驚いた様に彼女たちが振り返った。
「チョコレート持ち込み禁止でしょ?」
「「うっ…」」
「これは没収ね」
「「えぇー!?」」
「当たり前でしょ。さ、授業始まるし教室行きなさい」
「そんなあ…」
目に見えてしょんぼりとした彼女たちに私は後ろを振り返る。
生活指導の先生は既に自分の教室へと消えていて私は彼女たちに合わせて屈んで言った。
「昼休み会議室においで。こっそり返してあげるから」
「!ホント!?」
「うん、だから早く教室行きなさい」
「はーい!ちゃんだから好き!」
「こら、先生って言いなさい!」
「あはは!ごめーん」
でも大好きだよセンセ!と言いながら二人は教室に戻る。
私はそれを見て職員室に向かうべく歩き出す。
と、壁にもたれた見慣れた銀髪が見えた。
「はよ、センセ」
「仁王くん、おはよう」
「チョコレートの取り締まり大変じゃね」
「そうね、仁王くんも気を付けて」
「ん」
教室の手前でじゃあね、と別れて私は職員室へと向かった。
「うわ、仁王すげぇな、相変わらず」
休み時間、ブン太とジャッカルが俺の席の周りでチョコレートを見ていた。
ジャッカルはともかくブン太も結構貰ってるくせに何を言うんだか。
「しかもゴディバにピエールマルコリーニ、、モンサンクレール、オリジンーヌ・カカオ、
ダロワイヨ、アルマーニ、デルレイ、Morozoff、デメル、ヴィタメール、ドゥバイヨル…かーっ高いのばっかり!」
「何でお前そんなに知ってんだよ…」
「全くじゃ」
「何だよ、美味いもんチェックすんのは当然だろぃ?」
「女じゃねーんだからバレンタインチョコチェックしても仕方ないだろうが」
「別にいいだろー」
机の上に広げられたチョコの山を見る。
有名な店のチョコだか何だか知らないが、俺にとって見ればなんの価値もない。
嘲笑を浮かべてチョコの山から目線を上げて時計を見る。あと数秒で鐘が鳴る。
そうすればあの生真面目な先生はチャイムと同時に教室に入ってくるだろう。
そして俺の机を見て溜め息をついて没収するはずだ。
「はい、席に着きなさーい」
想像通りチャイムと同時に教室に先生が入ってくる。
ブン太とジャッカルは俺に早くチョコかたせよ!と要らぬ助言をして席に戻った。
そんな必要は、ない。
思った通りこちらを見た彼女ははあ、と小さく溜め息をついて寄ってきた。
履き慣れないヒールでこつこつと音をさせ、高いところで結われた柔らかな黒い髪を揺らしながら。
とん、と俺の机に手をつくと周りはしん…と静まった。
「仁王くん」
「…はい?」
「あげる側も貰った側もチョコレートを見付け次第没収って言われなかったかしら」
「言われマシタ」
「この堂々と出してる態度はわかってる態度じゃないわね」
「…」
「没収します。それから、放課後会議室にいらっしゃい」
それだけ言って彼女はチョコを横にかけていた紙袋に入れ、それを持って教卓に戻る。
ブン太から仁王の馬鹿!とメールが来たが特に気にしなかった。
だって今まさに俺が望んだ通りの展開になってる。
「失礼しまーす」
ほんのりとオレンジ色に染まった会議室に入ると彼女は眼鏡をかけて書類に向かっていた。
俺が来たことに気付くと眼鏡を外し、席を立つ。横に置いていた紙袋を取って俺に差し出した。
「どういう企みだか知らないけれどあげた子達が可哀想よ。今度から気を付けて」
ポスン、と俺に紙袋を押し付けて彼女は言った。瞬間離れる腕を構わず引く。
支えを失ったチョコレート達は紙袋ごと床に落ち、散らばった。
そんなもん、どうだっていい。
「先生からはチョコは?」
「え?何言ってるの、ないわよ」
「薄情じゃね、。彼女なのにチョコくれんの」
「家にあるの!帰ったら届けようと思って…。仮にも先生がチョコを持ってくるわけにはいかないでしょ!」
「真面目じゃの、は」
言いながら顔を近付ければは逃げる様に後ずさる。
そこはしっかりと腰に回した腕に力を入れて密着するくらい引き寄せる。
触れた唇は化粧品の香りがした。
「んっ…!馬鹿!ここ学校なのよ!?」
「わかっちょるよ」
「わかってないわよ!私は先生、あなたは生徒。見付かったら大問題なのよ?」
「問題なか」
「だからあるって…」
「鍵しめたし、誰も入って来れん」
「はあ!?」
思わず声をあげたをしっかりと抱き締めたまま、床に散らばったチョコの箱から一番手近にあったものを取る。
会議室の机に置き、片手で包装を開けると中に入っていたのはトリュフだった。
一つ口に含みそのままに口付ける。
するりと舌を滑り込ませトリュフを移すと段々と溶けてきたトリュフからシャンパンが溢れでた。
「ん…っ、も、ダメだって言ってるのに…」
そうは言ってもシャンパンの僅かなアルコール分とキスの余韻で赤くなった顔に説得力はなく、誘われるようにも一度口付けた。
触れた唇から今度は香り高いシャンパンとチョコレートの香りがした。
シャンパン入りトリュフはピエールマルコリーニにヤツをイメージしております。
容器の開けやすさとかおしゃれ度とか何をとってもやっぱコレかなーって。
ちなみに2人は元から恋人同士で、先生は臨時教師としてきたという裏設定があります。
禁断の恋に落ちたわけでなく、禁断の恋になってしまったという裏設定が。(どうでもいいよ)