うちのクラスの仁王雅治は飄々とした雰囲気の男でテニス部レギュラー。
夏はよくサボって教室に居なかったりするくせに授業の予習復習はしっかりやってる真面目なんだか、不真面目なんだかさっぱりわからない。
そんな仁王の周りにはいつも女の子の人だかりが出来る。休み時間になった途端に仁王の机は女の子の姿で埋め尽くされるのだ。
でも仁王は釣れなくて女の子が来たと同時にブン太の席に避難する。
そこまで来ると女の子も邪魔しに来ないからだ。
何でこんなに詳しいかと言えば私が仁王と同じクラスで仁王のことが好きだから。
でも私も大概素直じゃない。仁王にはつれない態度で、休み時間はいつもブン太の席にいる。
いくら仁王がこっちに来るからと言っても、それをみんなは知らないわけでブン太のことを好きな子に勘違いされて嫌がらせされたことも多々ある。
それでも私は素直になれないのだ。

「よーブン太」

「仁王、ここは避難所じゃねーぞ」

「堅いこと言いなさんな。それにここにはもいるからな」

「え、」

の髪は石鹸の香りでいいな。俺そっちの方が好きじゃき」

「あー仁王の周りの女ってすげー香水臭いよな。飯不味くなるっつーの」

「何か俺が香水が好きとか言う噂が流れたらしいぜよ」

「てっきとー」

ブン太はケラケラ笑い、仁王は鼻で笑う。髪に絡められたままの指が落ち着かなくて、仁王と呼びかければ意地悪く笑って髪をつんと引っ張った。

「離して欲しい?」

「は、離して欲しい…」

「んじゃ“離して、雅治”っていいんしゃい」

「は!?」

「ほら、早よせんと休み時間終わるぜよ」

「は、離して…」

「ん?」

「ま、まさ、まさは…〜〜っ無理!」

「じゃあ、離せんのう」

仁王は指に絡めた髪にそっとキスをして、上目遣いで私を見詰める。
絶対バレてる、全部お見通しって顔。
その時の私は自分のことでいっぱいで、周りが不穏な空気になっているなんて気付きもしなかった。



「なーー」

「んー?」

「お前仁王に告白しねぇの?」

「んぶっふっ…はあ!?」

「うわ、きたねーな!告白すりゃいいじゃん、と思って」

「しないよ!出来るわけないじゃん!」

「何で?」

「何でも!ジュース買ってくる!」

「気をつけろよ〜」

「バーカ!」

「仁王も早く言っちゃえばいーのに…早くしないとあれ、危ないだろぃ」

ブン太の独り言も聞かずに鞄を引っ付かんで駆け出した教室、腕を掴まれてどこかに引っ張り込まれた。

「!?」

「捕まえた」

肩が何かにぶつかって痛みに一瞬瞑った目を開けたら、ああ、仁王の取り巻きの人達だ。
ニヤリと笑ったその顔と腕に持たれたバケツに覚悟して目を瞑る。

「バーカ、調子乗ってんじゃねーよ」

豪快にバケツの水を掛けられバケツを頭に投げつけられる。

何でこんな目に遭うんだろう。何でこんなことされなきゃなんないんだろう。

目に涙がじわじわと浮かんできて堪えきれずに座り込んで泣いた。
授業の始まりを告げるチャイムが聞こえたけど涙は止まらなかった。



、早いお帰りじゃね」

チャイムが鳴った後の学校の廊下なんてシーンとしているもので、私はなるべく足音を立てずにげた箱までやって来た。
ぐしょぐしょに濡れた上履きを脱いで靴に履き替えたとこで後ろから声をかけられて振り返る。
髪が服が体に張り付いている私の姿を見てびっくりしたようだったけどすぐに表情を戻して近寄ってきた。

「何じゃ、プールにでも飛び込んだんか」

「っ!…さ、わんないで」

頬をなぞる指に今は恐怖しか抱けない。
仁王のせいじゃないのに仁王のせいだって、心のどこかが叫んでる。
私が勝手に好きになっただけなのに、仁王は悪くないのに。

「…、血、出とるよ」

張り付いている髪をどかしたら右こめかみから血が出ていた。
多分バケツが当たった時の傷だろう。
慌てて隠そうとした手を止められてそこに仁王の唇が触れた。

「保健室行くぜよ、

「やっ…いい、帰るから」

「今なら保健室先生いないけ、安心しんしゃい」

強引にぐいぐい引っ張られて保健室まで連れて行かれる。
仁王の言うとおり先生は居なくてほっとした。

「イス、座っといて」

離された手がほんの少し寂しくてもう片方の手でぎゅっと包んでイスに座る。
すると頭の上から白い何かがかけられた。

「これで頭と体拭いて」

「…ありがとう」

かけられたのはバスタオルで、何も言わずに優しくしてくれる仁王に涙が溢れそうになってタオルの端をぎゅっと掴んだ。

すると私が髪を拭かないのを不信に思ったのか仁王の手がタオル越しに触れる。
わしわしと優しく、傷に触れないように髪を拭く仁王の手つきに涙が零れそうになってぐっと我慢していると仁王が優しい声で話掛けてきた。

「泣いてもいいぜ」

「へ…?」

「俺からは泣き顔見えんから、泣いてもいいぜよ」

拭くのを止めて優しく撫でてタオルごと頭を抱き締められる。
布越しに伝わる体温に我慢してた涙が勝手に零れて、手は仁王のシャツを掴んでいた。



「ごめん、その、ありがとう」

「目、真っ赤になっちまったな」

よしよしと仁王が頭を撫でる。
私は照れくさくて俯いていると仁王は私の後頭部に手をかけて一気に抱き締めた。

「にっ仁王?」

「あー…お前さんがこうなったんも俺の責任じゃ、すまん」

「仁王…気付いてたの?」

「ああ。もっと早く言えば良かったな…、お前のこと好いとうよ。ずっと前から好きじゃった」

「え…えっ?」

「俺と…付き合ってくれんか?」

「…っうん!」

勢い余って仁王の腰に手を回すと頭の上で嬉しそうに笑った声が聞こえて、私を抱きしめる腕の力が強くなった。

「本当はお前さんの気持ちも気付いとった。でも言えんかった、悪かったな…

「におっ…」

突然呼ばれた名前に顔を上げ、名前を呼ぼうとしたら唇に指が当てられる。

「雅治…って呼んでくれんか、

「ま…さ、はる」

「いい子じゃ」

仁王は凄く柔らかく笑ってもう一度私を抱き締めた。










素直になれないアイラブユー