ずっと好きだったテニス部二年生エースの赤也くんに告白されて1ヶ月。
付き合いは順調で、特別な問題もなく。
そんな幸せな日々は唐突に終わるのだと知らないまま。





存在価値を利用して





「今日赤也くん遅いな〜…」

「部活じゃないの?」

「ううん、今日確か部活休み。私ちょっと迎えにいってみる。もしかしたら寝てるかもだし」

「ああ、そうね。赤也くんならありえそう」

「バイバイ、また明日!」

「バイバイ

教室で雑誌を捲りながら彼氏を待っていたを置いて私は二年生の教室に急いだ。
赤也くんはえーっと…何組だっけ?

「…から」

「ん?」

赤也くんの声が聞こえた気がして立ち止まる。
手近な教室を覗くとあの目立つ赤也くんのもしゃもしゃ頭があって声をかけようとしてその手に携帯が有るのに気づいて思いとどまった。

「え?仕方ないじゃないっすか案外隙ないんですもん」

すき?

「わかってますよ〜。こっちだって早く終わらせたいんですから」

おわらせる?

先輩彼氏と仲いいんですもん。あ〜早く別れてくんねぇかな」

?別れて?

「あ〜はいはいわかりましたって。そんじゃ俺先輩のお迎え行かなきゃいけないんで。じゃ」

「あ〜めんどくせ…うわっ!?先輩!?」

携帯を切りながら赤也くんが振り向いて私を見て驚いた。
放課後の教室、私たち以外誰もいない。
驚いていた赤也くんは携帯をしまいながらペロッと上唇を舐めて見下すように、笑った。
赤目モードの時みたいな、猟奇的な顔で。

「なぁんだ…聞いちゃったんですか、先輩」

「あ、かや…くん…?」

「ざぁんねん、じゃあこれで終わりですね。カレカノごっこも。」

カレカノごっこ…?

「さっき聞いてたでしょ?俺さ、アンタの友達の先輩が好きでアンタに近付いたんですよ。アンタに気持ちなんかない」

気持ちなんかない?

「さよなら、先輩」

そして教室は水を打ったように静まり返った。





「あーすっきりしたっ」

伸びをしながら先輩がいるであろう教室へ向かう。
すっきりしたハズなのに心ん中ムカムカしてて口にしなきゃすっきりした気がしなくて、

「わけわかんねぇ…」

先輩のあの俺を見ていない空虚な瞳がずっと頭にこびりついて、それを消し去るように頭を振った。

先輩、」

雑誌を捲っていた手が止まって気だるげに先輩が顔を上げた。

「赤也くん?あれ、と会わなかった?」

「あー…会いましたよ」

「え、じゃあどうしたの?」

先輩に言いたいことがあって」

「私に?何?」

「俺―先輩が好きなんです。彼氏と別れて、俺と付き合いません?」

「赤也くん…?だって、は?」

「さっき別れました。本当はずっと先輩が好きだったんス」

「へぇ…じゃあ」

先輩は雑誌を閉じて机に置き、立ち上がった。長い髪をかきあげて俺を見て、言った。

「赤也くんは私のどこが好きなの?」

「どこって…美人だし声も綺麗だし頭も良くってスタイルいいところですかね?」

「じゃあのいいところ言って?」

「え?先輩?」

「うん、言って。1ヶ月付き合ってたんだからそのくらい言えるでしょ?」

「言えますけど…」

「じゃあほら早く」

「ぽや〜っとしてそうに見えてしっかりしてて、案外頭良くて俺に教えてくれるし、料理上手くて弁当がすげー美味いとことか、素直で俺の言うこと全部真に受けて一喜一憂するのが可愛くて…」

「じゃあ何でと別れたの?」

「え…それはだから先輩が好きだから」

「本当に?本当に、私が好き?」

「ホン…トッスよ」

「私の目を見て好きだ、って言える?」

「好…」

射抜かれるんじゃないかってくらい鋭い視線に好きの言葉が出て来ない。
何で俺こんなに戸惑ってんだ?

「私の目を見て好きだって言えないの?そんなの嘘の気持ちだよ。ねぇになら好きだって言えた?」

「…言えました」

「何で?」

「…先輩が好きだったか、ら?」

「ほら、わからなくなってきた。ねぇに会いに行ってごらんよ」

「え?」

「そしたら本当の気持ちわかるよ」

そう言って先輩は雑誌を持って俺の横をすり抜けていった。
ふわりとシャンプーの香りが鼻腔を擽る。
いい匂いだけど瞬間的に違うと感じたのは何故なんだろう。



「流石にもういねぇか…」

俺の教室に先輩の姿はなかった。もう帰ったのかもしれない。
あれだけ言われて俺に会ったりしてくれるんだろうか。ふつーに考えて無理だろ。避けられるだろ。
でも会いに行く。先輩に言われた言葉の意味を確かめたい。
わけわかんねぇしモヤモヤしっぱなしなんて気色わりぃから。
ただそんだけ。
足は知らずに駆け足になっていた。



ピンポーン
呼び鈴が鳴る。はぁいと気の抜けた、けどこの1ヶ月よく聞いた声が聞こえて心臓が跳ねた。
何で俺、こんなに緊張してるわけ?

「どなた…っ!」

「待て!閉めんな!」

赤く泣き腫らした目が俺を見て見開かれてドアが閉められそうになって必死で止めた。
ここで閉められたら、もう開けてくれるわけがない。

「ちょっと、話、聞けよ!」

「話ってもう話すことなんかないでしょっ…!」

先輩はまだドアを閉めようと頑張っていた。一瞬力を抜いて気を抜いた瞬間先輩を引きずり出した。
腕ん中閉じ込めて、逃がさないようにぎゅうっと抱き付く。何でだろう、すげー心地よくて。
俺はもしかしたらひょっとして先輩の事を好きになっていたのかもしれない。
だって今、先輩の顔なんて欠片も浮かんでこねーもん。

「離して!赤也くんと話すことなんかないよ!」

「俺はある」

「何よ!まだ傷つけるの…!?もう…っ」

「傷つけて、ごめん先輩」

苦しそうに歪められた顔がポカンとして俺に向けられる。目尻に溜まった涙がポロリと零れ落ちた。

「な、何で…?何で謝ってるの…?」

先輩に振られてきました。てゆうか赤也くんの好きなのは私じゃないでしょって教えられたっつーか」

「…だって赤也くん、が好きで私に近付いたんでしょ…?」

「そのはずだったんですけどねぇ…」

「はずって」

「気付いたら俺、先輩に惚れちゃったみたいッス」

ニカ、と笑って言ったら先輩は顔を歪めてボロボロと涙を零し始めた。
前だったらきっと、ただ疎ましかった。
なのに今はどうしてか愛しくて。

「ゴメンナサイ、先輩。好きッス」

「許してあげないからね」

腕の中でぐしゃぐしゃになって泣く先輩が可愛いから許してくれなくてもいいかな、なんて思った。

(二周年ありがとうございます!)