朝、校門前のこの位置で今日一日のテンションとかそういったものが決まると言っても過言ではない。
校門をくぐる前に背後からかけられる声を俺は今か今かと待ち望んでいる。
傍目にはきっとただ眠そうにしか見えていないだろうけど。

「あ、仁王!おはよう」

どうやら今日はいい日のようだ。
知らずについとつり上がった口端を戻して緩慢な動きで振り返る。

「あー…なんじゃ、かおはようさん」

気付かなかったみたいな振りをして言って視線を前に戻す。
さくさくと再び足を進めればたたたっと駆け足で彼女が近寄ってくる。
これでいい。
今日もどうやら思い通りに事は進んでいる。

「相変わらず眠そうね。低血圧な仁王くん」

「お前さんは朝からバカみたいに元気じゃの」

「うわ何その態度!感じわるーい」

「それはすまんかったの」

ポケットに入れっぱなしだった手を出しての頭をポンポンと叩く。
子供扱いだとむくれるに俺はにやりと笑ってやる。

「あー!!先輩みっけ!!」

…どうやら今日は一つ予定外な事が起こったようだ。

「あ、赤也っ!?どうしたのこんな朝早くに来るなん…きゃっ!?」

後ろから猛ダッシュで駆け寄ってきた後輩はその勢いをそのままにに飛び付いた。
元より男と女。
しかもテニス部の二年生エースをつとめる赤也の重さに耐えられるはずもなくの体は重力に流されて後ろに倒れかかる。
そのヤワな肩をしっかりと捕まえてやればはほっとしたように息を吐いた。

「ありがと…仁王、助かったあ…」

「あ、仁王先輩もいたんスか。おはようございまーす」

「おはようさん赤也、とにかくからどいてやりんしゃい。このままじゃ倒れるぞ」

「あ…スイマセン先輩」

「う、ううん…いいの」

赤也が離れ、も自分の力で立つと赤也はポケットの中からクシャクシャになった紙切れを二枚取り出した。

先輩お願いします!!これ一緒に行ってください!」

「えっ?え、え?」

「遊園地の招待券ッス。昨日新聞屋に貰ったんで先輩と行きたいなーと思って…。お願いします今週の日曜一緒に行ってください!お願いします!!」

「えっちょ、赤也?」

「行ってくれますよね!?ね!」

「え、う、うん?」

「やりっ!じゃあそう言うわけで日曜遊園地の前に10時に待ち合わせで!デート楽しみにしてるッス!」

「あ、ちょ、赤也!」

凄い勢いで赤也はまくし立ててに無理やりの了承を得ると風のように去っていった。

「どうしよう…」

目の前で困惑気味にクシャクシャのチケットを眺める
赤也は、わかりやすいほどにに好意を寄せていた。
でも赤也は俺がを好きなことを知らない。
だから俺の目の前でデートの約束なんて取り付けたんだろう。
予定外の事にペースは乱されたが神はどうやら俺の味方らしい。
日曜10時に遊園地前?
赤也が約束の時間に来るとは思えない。
二人きりでデートなんてさせてたまるか。
ならば、邪魔してやればいいじゃないか。
心の中で誰かがそう言った。
俺は心の中で頷いてマフラーに隠した口元をニヤリと釣り上げた。

そう、神様はいつだって俺に味方している。





詐欺師は嘲笑う





日曜10時、遊園地前。
少し離れたところから様子を窺う。
は来ていたが、思った通り赤也の姿はなかった。
俺は口元を綻ばせ、そっとの後ろから近付く。
さっと目元に手を当てて耳元で囁いた。

「だーれじゃ?」

「!え、ちょ…まさか」

「よお」

「仁王!何でここに?」

手を離しては振り向き驚いた顔をする。
俺はへらりと人好きする顔で笑いこう言った。

「俺も遊園地で遊ぼうかと思っての」

「え?ひとりで?」

「いや、お前と一緒に」

「は?」

「どうせ赤也まだ来とらんのじゃろ?一緒に行こうぜ」

「え、ちょ…仁王!」

先輩遅れてスイマセ…って仁王…先輩?」

「なんじゃ赤也、今日は早いの」

「だって先輩とのデートだし当たり前!って何で仁王先輩がここに…」

とデート。」

「は!?何言ってるんスか!先輩と今日デートするのは俺ッスよ!?」

「じゃからお前が来る前にを攫おうと思ったのにのう、残念じゃ」

「ふざけないでくださいよ!先輩の手離してさっさと帰って下さい!」

「これはこれは赤也、先輩相手に無礼じゃの」

「無礼なのはどっちッスか!人のデート邪魔して!人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬんスよ!?」

「それなら赤也、死ぬのはお前さんの方じゃな」

「はあ!?ってまさか…仁王先輩も…?」

「やっと気付いたか。相変わらず鈍いの」

「そんな…マジかよ…」

「悩んでるとこ悪いがは貰っていくぜよ。行くぜ

「わ、まっ、仁王!」

「え、あ、ちょっ先輩!」

にチケット二枚渡しといてくれてありがとな」

「そんなーそりゃないッスよ!!仁王先輩の人でなしー!!」

「誉め言葉じゃな」

の手を握ったまま俺達は遊園地のゲートを潜り後ろで叫ぶ赤也に後ろ手を振る。
しばらくの間チラチラと赤也を気にしていたも俺がどんどんと進むから赤也が見えなくなり話しかけてきた。

「ねえ仁王、赤也可哀想だよ」

「なんじゃ、は赤也とデートしたかったんか?」

「そうじゃないけど…」

「じゃあいいじゃろ?それとも相手が俺じゃ不満?」

「だからそういう訳じゃ…」

「もう入っちまったんじゃ、腹を決めて楽しもうぜ」

「うん…」

しばらく元気のなかっただが、乗り物に乗る内にだんだんといつもの調子を取り戻していった。
自然と手は繋がれたままで、端から見れば俺達は普通のカップルに見えただろうか。

「観覧車、最後に乗るか」

いつの間にか日は暮れて、星が空に瞬き始めた頃、俺達は最後に観覧車に乗り込んだ。
対面に座ろうとしたを繋いだ手を引き無理やり隣に座らせる。
少し居心地が悪そうに視線をさまよわせるが可愛くて俺は自然と笑みを浮かべた。

「今日…楽しかったか?」

「うん!…赤也には、悪いことしちゃったけど」

は赤也の事どう思っとるんじゃ?」

「え…」

「好き?」

「好きだけど、後輩としてだよ」

「じゃあ、俺は?」

「仁王?」

「俺のことはどう思っとる?」

「ちょ…仁王顔近い!」

繋いだ手はそのままに、反対の手をの側のガラス窓に付いて逃げ場を無くしてにじり寄る。
だんだんと近付く顔の距離には目線を背けるが、目の前に晒された無防備な耳に好都合とばかりに唇を寄せて俺は囁いた。

…俺の事好きじゃろ?」

「にお、」

「じゃなきゃ真面目なが可愛い後輩ほっぽってデートなんかするはずないもんな」

「仁王…」

「好きじゃろ?恥ずかしがらずに認めんしゃい」

「っ…」

「俺はのことが好きじゃよ」

「え…」

「好きじゃ、

「仁王…」

「認めんしゃい」

「好き…」

その言葉に俺は口元を緩めて、付いていた手で唇をなぞる。

「じゃあ雅治って、呼んで」

「まさ、はる…」

「いい子じゃ

「んっ…」

夜空を背景に唇に噛み付いた。
抱き締めた華奢な体をもう二度と離さないとそう決めてただただ唇を味わった。

ほら、神はいつも俺の味方だ。










(元より両想いなことに仁王は気付いていたので人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬ=赤也、なわけで。
赤也が可哀想ですが私赤也も好きですよ。話の展開的に仕方なかっただけで)