「小春ちゃん、ちょっとええ?」

廊下に面した列の後ろから二番目に小春ちゃんの席はある。
横にあるガラス窓を開けて声をかければ予習中の小春ちゃんが驚いたように顔を上げた。

ちゃん、いきなりどないしてん」
「小春ちゃんに相談があんねん、今日一緒に帰れへん?」
「相談?んー…そうやね、今日は委員会もあらへんしええよ。一緒に帰りまひょか」
「ほんま?おおきに!せやけどユウくん平気なん?」
「ユウくんにはワテからちゃんと言うとくから安心しー。ちゃんこそ光は平気?」
「光にもちゃんと言うとくわ、ほんまおおきにな小春ちゃん!ほな放課後迎えに来るわー」



先輩、帰りましょ」
「あっ光…すまんなぁ今日予定あんねん。一緒に帰れへんわ」
「え?そうなんすか?なら早よ言っといてくださいよ」
「ほんまごめん。ほなまた明日な!」
「あっちょっと先輩?」

凄い勢いで廊下を駆け抜けていく先輩に、呼び止めようと上げた手は空を切るばかりやった。
諦めて溜め息を一つつき、ズルズルと足を引きずるように下駄箱まで歩く。
ふと廊下から窓を見れば先輩の横によく見慣れた人の姿が見える。

「…なんやねん」

予定って、小春先輩とかい。
もやもやした気持ちを持て余して窓を叩いて校門へ向かう二人を睨み付ける。小春先輩と一瞬目があった気がした。



「ほんで、相談てなんなん?」

駅前のマクドで100円マックのジュースを啜っていると小春ちゃんが切り出した。
無意識に噛んでたストローを口から離して、あんなぁと話し出せば携帯でおそらくメールを打っていた小春ちゃんが顔を上げる。

「おん」
「光がな、好きって言うてくれへんねん」
「光が?」
「付き合う時も俺ら付き合いません?って言われただけやってん、今まで一度も言われてへんねんで。もう3ヶ月も付き合ってんのにありえへんやろ」
「うーんそうねえ…」
「なあ小春ちゃん、光ほんまはうちのこと好きやないんかなぁ。自信、ないねん…」
「そんなことないわよ」
「ほんま?」
「ほんまほんま。光かて恥ずかしがってるだけやと思うわ、安心し」
「せやけど…」
「現にほら、後ろ」
「え?」

小春ちゃんに促されて振り返れば凄い不機嫌そうな顔でずんずん歩いてくる光がいた。

「ひっ光!」
「小春先輩、どういうことですか」
「ふふ」
「ふふやないわ。悪いけど先輩俺のなんで返してもらいます。行くで」
「えっちょっと光!なんなんどないなってんの!?小春ちゃん?」
ちゃんファイトよー」
「ファイトって何がやねん!」

光に引っ張られてマクドから離れていく。振り返れば小春ちゃんはニコニコしながら手を振ってるけど全く状況が読めへん。
人気のない開けた場所まで来てようやっと光は足を止めた。
振り向いた光はやっぱり怒った顔しとる。

「用事って小春先輩とのお茶やったんですか」
「いやあのな、ちょっと相談あって」
「相談ってなんですか」
「…」
「言えや」

あかん怖い。光めっちゃ不機嫌やん。めっちゃ怖い。
黙秘は一秒で終了した。

「…光、が」
「俺が?」
「光が、うちに好きやって言うてくれへんから」
「は、」
「うちのこと好きやないんやないかと思って、小春ちゃんに…」
「…アホくさ」
「は?」
「そないなことで悩んで、浮気紛いのことしとったんですか」
「浮気紛いて…アホくさってなんやねん!」
「そのまんまの意味ですわ。先輩、俺好きでもない奴と一緒におるほどボランティア精神に溢れてないねんで」
「え」
「せやからそんなことで悩まんでええ」
「…やったら好きって言うてよ」
「…いやや」
「なんでやねん」
「今言うたら、先輩に言われたから言うたみたいやんか」
「それでええよ」
「よくない。後でちゃんと言うたりますから」
「ほんま?」
「ほんまや。もう聞きたないわってなるほどいっぱい言うたるから覚悟しといてや」
「おん、楽しみにしてるわ」

手を繋いで、光ん家まで一緒に帰る。
その途中交差点の信号待ちで一回。裏路地で一回。家の前で一回。玄関で一回。部屋に入って一回。
そして今、キスの合間に五回。

「んっ…は、」
先輩好きや」
「ん…ひか」
「好きや、好き」
「んんっ」
「めっちゃ好き」
「光、苦し」
「まだまだ言い足りないくらい好きやねん」
「ひか…ん」

もう頭が働かない。数え切れない。


「なあ先輩」
「な、に…?」
「一度好きや言うたら歯止め利かへんようになるから言わへんかったって言うたら信じる?」
「ん…信じるよ、よくわかったもん」
「まだ言い足らへんねんで」
「んちょっ…光っ」
先輩好きや」
「んんっ」

あとはもうお気の済むまで。










たった二回、唇を動かして











「せやけどなんでマクド来たん?」
「小春先輩にメールしたら」
「なんて?」
「俺の彼女と何してはるんですか、て」
「…」
「そしたらちゃんが好きならマクドに来いやて来て」
「…」
「挑戦状か受けて立つで!って行ったんすわ」
「…光小春ちゃんにヤキモチ妬いたん?」
「…そんなん妬いてへんわ」
「光好き。」
「俺のが何十倍も好きやっちゅーねん、アホ」
「光…」
「せやからもう浮気紛いのことしたらあきまへんよ」
「おん、もう絶対せえへん!」