あの日は雨だった。僕はいつもと同じように群れる草食動物を咬み殺して帰る途中、人気のない道を傘もささずに歩いていた。
その時僕と反対側から女が歩いてきた。闇夜に溶ける漆黒の長い髪を風に揺らして、口元が隠れた女。コツコツと音を立てて段々と近付く。
一瞬顔を上げて目があった。彼女は笑う。口元は見えないから感覚的なものだけどそう感じた。目尻が少し柔らかくなった感じがしたからだ。
そのまま何かあるわけでもなく彼女は僕と擦れ違って行った。

あの日から、彼女のことが頭から離れない。


「ふう…」

一瞬擦れ違っただけだ。
特別なことなんて返り血をつけた僕に彼女が怯える事もなく微笑んだ(ような気がした)、それだけで。





ああ、
たった一度擦れ違っただけの彼女にするなんてどうかしている。

(恋だなんて僕が?そんなこと思いたくはないけれど彼女の顔が頭から離れないのは紛れもない事実で)





続くかもしれない