カラコロカラコロ、
足元から聞き慣れない音を聞きながら神社への階段を駆け上る。
長い長い階段を上がり、ようやく見慣れた姿が見えて、大きく手を振った。

「みんなー!お待たせー!」

振り返った彼らは一様に驚いた顔をしていた。






平成ノスタルジー







「ごめんね…慣れない着付けで時間かかっちゃって」

「いや、大丈夫だよ。ああ、走ってきたから髪乱れちゃってる」

ふふ、と笑いながら幸村が髪の乱れを整えてくれる。
白地にグレーのラインの入った浴衣を着た幸村はお世辞無しに美人だった。

「幸村似合ってるね!美人!」

「美人って男にかける言葉じゃないよ。でもありがとう…もよく似合ってるよ」

「あ、ありが」

「髪も直った」

「重ね重ねありがとう…」

「最後におまじない」

「え?」

幸村はチュッと髪に口付けていつもみたいに余裕の表情でふふっと笑った。
え、ちょ、ま…!

「ゆ、幸、幸村、今」

「ああごめんね、が可愛くてつい」

「な、何言って…」

「精市、そこまでにしておけ」

「柳!」

動揺した私の肩をポンと叩いたのは同じく浴衣に身を包んだ柳だった。
幸村と色は違って紺地に白のラインだけど柳によく似合っていた。

「柳も浴衣美人…」

もよく似合っている。には薄紫が似合うと思っていたが黄色もよく映えるな…データを書き換えねば」

「や、柳?」

ふわりと満足げに微笑む柳がいつもと違うように見えて何だかドキドキした。

「それはそうと、帯が崩れているぞ」

「えっ嘘!」

「本当だ。直してやろう」

「お願いします…」

「ではすまないがこれを持っていてくれないか」「ん、わかった」

「すまないな、三人分の携帯が入っているから少々重いと思うが」

「大丈夫大丈夫!普段両手に抱えきれない量の洗濯物とか持ってるんだから!でも三人って?」

「俺と精市と弦一郎だ」

「えっ真田?真田ももう来てるの?どこ?」

「ああ、弦一郎はー」

「そこにいるのはか?」

「真田!…と、後ろにいるのは柳生と仁王?」

「おー来たかー」

さん、お待たせして申し訳ありません」

柳が話す前に祭の屋台の合間から中学生とは思えない貫禄を纏った真田と、浴衣を涼やかに着こなす柳生、甚平を着て楽そうな仁王がこっちに歩いてきた。

さん浴衣ですか!よくお似合いです」

「へへ…ありがとう」

「ああ、そういった格好も似合うじゃないか」

「うわ…真田に誉められると照れる…」

「本当じゃ。よう似合っとるよ、可愛い可愛い」

仁王はにこにこ笑いながら頭をポンポンと叩く。

「何か子供扱いされてる気分…」

「子供扱いなんかしとらんよ、ちゃんと可愛いって思っとる」

「仁王…」

仁王が頭に置いていた手を滑らせてそっと頬に添える。その優しい表情にドキッと心臓が動いた。

「あー!仁王何してんだよ!」

その時背後から賑やかな声が聞こえて振り返れば甚平姿にたんまり食べ物を抱えたブン太と、
多分ブン太の食べ物を持たされてる赤也とジャッカルがいて私は振り向きながらひらひらと手を振る。

「ブン太!赤也!ジャッカル!」

するとブン太は顔を逸らし、赤也は驚いた顔をして駆け寄って来た。
ジャッカルは疲れた顔で歩いている。

先輩先輩っ」

「赤也、ごめんね遅れて」

「ぜんっぜん大丈夫ッス!それより浴衣!超似合うッス!マジ可愛いッス!抱き締めたいッス!!」

「あははありがとう」

「…!(可愛いマジ抱き締めたい可愛い)」

「おい赤也、何に抱きつこうとしてんだよ」

「ブン太、とジャッカル」

「俺はついでかよ」

赤也がガバッと手を広げた所でブン太が赤也の頭をガシッと掴んで登場した。その後ろから苦笑いのジャッカル。
声を掛ければ何だか気まずそうに小さくよぉとブン太は言う。

、浴衣似合うな」

「えへ、ありがとうジャッカル」

「ね、ね、見てこの浴衣。ブン太チョイスのやつだよ」

内心ブン太どうしたんだろうと思いつつ袖を持ってブン太の前で一回転してみせた。

「(先輩可愛いマジ可愛い…!)」

「ま、まあいいんじゃねぇの。浴衣は可愛いじゃん」

「あー何それ酷い!」

「まあまあ二人ともそこまでにして屋台巡らないか?」

幸村に頭をポンポンと叩かれて宥められる。
背中を押されて祭の雑踏の中に足を踏み出した時、後ろから呼ばれた。

「…!」

「え?っちょ、わっ」

振り返った私の手に綿飴、りんご飴、かき氷、イカ焼き、焼きそば、たこ焼き、焼きトウモロコシ…。
もう把握仕切れないほどたくさんの食べ物が渡された。

「やる」

「え、何、ブン太?」

「浴衣だと出店回んの大変だろぃ。だから先に買っといた」

「ブン太…ありがとう、嬉しい!」

「ほら、早く行かないとみんなに置いてかれるぞ」

「あ、待ってよ」

照れたように早歩きで前を行くブン太を追いかけようとするけど、食べ物を落としそうで上手く進めない。
困り果てていたら両側から手が出て来て、何か軽くなった。

「…柳生?ジャッカル?」

「重いでしょうさん、少しお持ちします」

「こういうのは慣れてるから任せとけって」

少しどころか半分以上く持ってくれた柳生と、残りはジャッカルの腕の中。
私は一気に身軽になって照れ笑いを浮かべる。
なぜなら部活では一人でレギュラー分のドリンクとか部員全員の洗濯物とか、そういった重い物を抱えて走り回って、
お前ほんとに女かよ、なんて言われるのに浴衣を着ただけで一気に女扱いになったからだ。
みんないつもと違う人みたい。



それぞれが違う出店にバラけることになって、花火が始まる前にあの木の下に集合しようと幸村が言った。
各々好きな出店に走ったので私もヨーヨーつりの出店に行き、200円を支払った。
狙うはこの浴衣と同じ色、そして立海色の黄色いヨーヨー。
そうっと慎重に釣り上げれば水に付けすぎたのかポチャンと音を立てて元の場所に落ちてしまった。

「あー…」

「それが欲しいのか?」

「え?」

隣を見れば柳が200円を支払い簡単に私が落とした黄色いヨーヨーを取っていた。
それを私に手渡して、柳は薄い紫のものを2つ取り、ひとつを私に渡す。

「や、柳?」

「黄色が欲しかったんだろう?」

「う、うん。ありがとう…」

「このくらい造作もない。…薄紫のは、俺が薦めた浴衣をお前に着てほしかった願望の現れだ。貰ってくれるか」

「うん、もちろん!」

「やはりには薄紫も似合うと思うぞ」

さらりと柳は頭を撫でて精市が呼んでいるから、と雑踏に消えた。
私はと言えば柳の言った言葉が何だか頭から離れずに水滴のついたふたつのヨーヨーをただ見詰めているだけだった。

「そこにいるのはか?」

ぼうっとヨーヨーを見詰めていた私に背後から声を掛けられる。
振り向けば既に木の下にいる真田で私は駆け寄ろうとして人波に流されかけた。

「わっちょっ、わわっさなっ、だ!」

!」

人波から救い出すように腕を引っ張られて開けた木の下に脱出する。
真田の浴衣をぎゅっと掴んで息を整えたら真田が大丈夫か、と聞いてくれた。

「うん大丈夫。ありがとう…落ち着くまでこのままでいていい?」

「ああ構わない」

「ありがとう…」

真田の浴衣を掴んだまま胸に顔を寄せる。
一瞬ピクリと反応した気がしたけど何も言われなかったのでそのままでいた。
すると真田の手が背中に回って宥めるようにポンポンと叩いてくれた。
一定の速さの真田の心音と背中を叩く熱い手が何故だか落ち着かせてくれた。

先輩っ!?」

そうやって自分を落ち着かせていたら驚いたような赤也の声が聞こえた。
顔を起こして見てみたら赤也が凄い顔でこっちを指して、後ろにいた他のメンバーもみんな固まっていた。

「…赤也?」

私が名前を呼べば赤也がハッとしたように慌てて駆け寄り私の腕を引っ張り抱き締めてきた。

「え、ちょ、赤也?」

「赤也、お前何をし」

「なななな何やってるンスか副部長っ!信用してたのに俺見損ないました!!」

「いやちょ、赤也、苦し」

先輩に触んないで下さいっ!」

「おい赤也?何を言っ」

「見損なったよ真田。真田だけは手を出さないと信じてたのにな…」

「ゆ、幸村?」

「ちょ、赤、死ぬ、」

先輩先輩っ何もされてないッスね!?」

「いや、死、あ、かや」

「お前はいつまで抱き締めてんだっつーの!」

「あいてっ!?何するンスか丸井先輩!」

「お前のせいで死にかけてんだろぃ」

「おい大丈夫か?」

「ジャッ…カル…助かった…」

「うわあああ先輩すいません!」

「あ、うん…大丈夫…」

「で、真田に何されたんじゃ?」

「へ…?」

「真田くんがさんを抱き締めるなんて信じられません…」

「え、ああそう見えたの?」

「は?」

「あれは人混みに飲まれかけた私を真田が助けてくれて、落ち着くまで宥めててくれただけだよ?」

「なっ…んだよ俺てっきり…」

「そういうことなら早く伝えないと真田がヤバいぜよ」

「わっ幸村!柳ちょっと待ってー!」

そう仁王に言われ見てみれば、真田が気に追い詰められて幸村と柳が何やら詰め寄ってるのが見えて慌てて駆け寄る。
事情を説明すると納得してくれて安心した。
真田…何かごめんね…

「き、気を取り直して花火見に行こうよ!」

何だか微妙な空気になってしまったみんなの中、空元気のように声をかければさっきまで申し訳なさそうにしていた赤也が手を上げる。

「それなら俺、いいとこ知ってるッス!」

汚名挽回!と言わんばかりの態度で言うや否や走っていってしまう。

「あ、ちょっと赤也!待ってよー」

無邪気な後輩に急かされて私達は近くの浜辺まで駆けていくことになった。



「うわ…岩場じゃん」

甚平組も浴衣組も日頃鍛えてるだけあって、あっさりと岩場を越えていってしまったけど私はそうはいかない。
普段履き慣れない下駄で足は痛いし、浴衣で足を開くことも出来ないしで岩場手前で四苦八苦していた。

、」

「仁王?」

「手、貸しんしゃい」

「あ、うん」

岩場を少し戻ってきてくれた仁王に手を差し出され、大人しくつかまればグイッとその手が引っ張られ視界が急に動く。
瞬間体が浮いた心地がして目をギュッと瞑った。

「もう大丈夫じゃ、目開けんしゃい」

頭の上からそう言われてそろりと目を開けると至近距離で笑ってる仁王の顔、よくよく周りを見てみれば私は仁王にお姫様抱っこされてるらしかった。
スタスタと岩場を歩きながら仁王が飄々と言う。

「あんまり目瞑られてるとキスしたくなるじゃろ」

「なっ何言ってんの?!てか下ろしてよー!重いでしょ?」

「お前さんぐらい軽いぜ。おい柳生」

「はい、さん失礼します」

砂浜に着くとどこから現れたのか柳生が抱きかかえられたままの私の足元に来て、下駄を脱がす。
そして優しく足を持ち検分すると眼鏡のくいっとあげて言った。

「やはり靴擦れですね。痛かったでしょうに、気付かなくて申し訳ありません」

そう言いながら大きめの絆創膏を足に丁寧に貼ってくれた。

「だ、大丈夫!ありがとう…」

「さっきから歩き方が不自然だったので気になってはいたんですが…。申し訳ない。さ、皆さんの元へ行きましょう」

それからは柳生は私の荷物を持ち、私は仁王に運ばれてみんなの元に連れてかれる。
手ごろな岩の砂を払い、そこに下ろされて周りをみんなに囲まれて花火を見た。
みんなで見る花火はいつもより数倍綺麗に見えた。



「じゃあ、お疲れ様」

「また明日」

何故だか全員揃ってうちまで送ってもらって、玄関前で手を振って見送る。
するとブン太がくるりと振り返って駆け戻ってきた。

「何ブン太、忘れ物?」

「ああ、忘れてた」

「なに…」

「浴衣、すっげー似合ってた…」

肩を掴んで耳元でぼそりと言われた。
ブン太の顔を見れば髪の毛と同じように赤く染まっていて、私は嬉しくなって笑った。

「そんだけ、じゃーなっ!」

「あ、ブン太!」

まだ赤いままのブン太に声を掛ける。

「何だよ?」

「ありがとっ!」

「…おー、じゃーな」

ブン太は振り向かずに手だけ振ってみんなの元に戻ったけど、髪から覗いた耳が赤いままだったから、私はやっぱり嬉しくなって笑ってしまうのだった。