「おい!シャマル」
足でがらりと乱暴に戸を開けたらオキシドールのツンとした匂いがした。
オキシドール・キス
「獄寺くん…また怪我?」
茶髪を後ろで緩く結った白衣の女が振り返る。
奴は。
シャマルの助手としてはるばるイタリアから飛んできたらしい。ご苦労なこった。
「…またテメェだけかよ」
「先生って言いなさいよ。ほら、早く座って」
黒い回転椅子を引き出して置いては消毒液の準備を始めた。
渋々ドアを閉めて椅子に跨る。
すかさず前の席にが座り、血が流れる腕に消毒液が染み込んだ綿をそっと当てた。
「いてっ」
「はいはい、我慢しなさい」
はシャマルの助手と言ってるだけあって実際はマフィアの人間である。
マフィアの人間って言うと銃弾の火薬の匂いでもしそうな感じだがからは不思議とそんな殺伐とした匂いはしなかった。
からするのはいつも消毒液の匂いで、俺はいつも鼻を摘みたくなる。
「はい、終わり!またダイナマイトで怪我でもしたの?」
「うるせーな…お前には関係ねぇだろ」
「はいはい、そうですねー」
憎たらしく言いながらは片付けを始めた。
白衣から覗く白くて細い腕にどきりと心臓がなる。
こんな弱そうな奴がマフィアだなんて言ったって誰も信じやしねーんだろうな、とぼんやり考えた。
「ちょっと、獄寺くん?」
「うっわ…!?」
「ちょ、ちょっと!?」
声をかけられてはっとして見たら目の前にがいて黒い椅子から転げ落ちた。
真っ逆さまに後ろに落ちて後頭部を押さえる俺にが大丈夫?と手を差し伸べる。
うるせー。テメーに俺が起こせんのかよ。そんなちっさい手で、力を入れたら折れそうな細い腕で。
「獄寺くん?大丈夫?もしかして打ち所悪くて動けないとか…」
「…うるせーよ、馬鹿」
「ちょ…っ」
差し出された手を掴んで強く引っ張った。
転がってた黒い椅子に躓いたは俺の上に落ちてきて逃がさないようにキスをした。
「んっ…っ」
離れようともがき、自由な片手を使って体を離そうとするの後頭部をしっかりと捕まえて逃がしてやらない。
息が切迫してくるのがわかる。本気で苦しくて胸を叩き始めた。
痛てーよ馬鹿。
そっと離してやると立ち上がってそのままよろよろと後ろへ下がりへたりと座り込んだ。
上体を起こし乱れた髪を直してを見れば泣き出しそうな子供みたいな顔をしていた。
俺よりいくつも年上のくせに。ガキかお前は。
「…不細工な面」
「その不細工にキスしたのは誰」
「俺だけど?」
「開き直りか」
「当たり前だろ」
立ち上がって座り込んだままのに近付いた。
もしかして腰抜けてんのか?は動く気配も無く俺を見上げた。
崩れた髪の一房を少し屈んで指に絡ませる。
「こっちは覚悟決めてんだからよ」
「…覚悟?」
「お前が好きだって言ってんの。気付けよ」
「なっ…!何言ってんの!?」
「何って告白だろ。他に何があんだよ」
「だって不細工とか馬鹿とかいつも言ってたくせに!?好きとか有り得ないでしょ!?」
「ほんっとお前は馬鹿だな…」
「はあ!?」
顔を真っ赤にしたの前にしゃがみこむ。
「泣き出しそうな子供みたいな不細工な面も、真っ赤になって慌てる面も全部好きなんだよ」
「っつ…」
そう言ったらは真っ赤になって俯いた。
その隙に取れかけてるゴムをぬいて髪を解いた。
必要以上に顔を近付けて髪を弄る。髪からはオキシドールじゃなくてシャンプーの匂いがする。
「…な、キスしていい?」
「…さっき断りもなくしたくせに」
「ダメって言わないならするぜ」
「…いいよ」
静かに言いながらは震える瞼を閉じた。
焦れるくらいゆっくりとしたキスはやっぱり鼻をつくオキシドールの匂いがした。