マジでなんなわけ?
無駄に可愛さ振り撒いて、俺以外の男誘ってんなよ。



きだとえられる




、部活行くぞ」

窓際後ろから三番目に座るおとなしめの彼女に声をかける。
下を向いて何かを必死に書いていた彼女はその声にばっと顔を上げて悲しげに眉尻を下げた。

「ごめんね赤也くん。私今日日直で、日誌もう少しで終わるからもう少しだけ待ってもらってもいい?」

「いーけど…早くしろよ」

「うん、ありがとう!」

そう言いながらふわりと顔を花のように綻ばせてまた下を向く。
彼女の名前は
クラスメートで、テニス部の二年マネージャーで、俺の想い人だったりする。

下を向いて日直日誌を書き続けるをドアの近くにもたれ掛かりながら観察する。
なげー睫。
さらりと落ちる髪は柔らかそうだ。
白い頬も触ったら気持ちいいだろう。
忙しなく動くあの小さな白い手は俺の手に簡単に包まれてしまうだろうな。
淡々と考えているとが顔を上げる。筆箱にガチャガチャとかたしながら俺を見て取ると口パクでごめんね、と言った。

「あ、湯浅くん、日誌書き終わったから置いてくるね。黒板お願いしてもいいかな?」

「あ、うんわかった。やっとく」

「うん、じゃあお願いね」

はにこりと笑い湯浅はそれに笑顔で返す。
湯浅鼻の下伸びてんじゃん。
イラっとする。
俺以外のやつにそんな笑うなよ。

!」

「え、あ、な、何?」

「早くしろよ。遅れんだろ」

気付いたら俺はの力を入れたら折れちまうんじゃねーかってくらい細い手首を掴んで歩いていた。
湯浅が睨む。
睨み返しておまけに舌まで出してやった。
お前と俺とじゃとの距離がちげーんだよ。

「あ、赤也くん!早いよ!わっ!」

俺はそんなことを悶々と考えたままいつものスピードでを引っ張ってたらしく、ついていけずにがつんのめる。
転けそうなを慌てて振り返って抱き止める。
揺れた髪からシャンプーの匂いがした。

「わりぃ、平気か?」

「へ、平気。助けてくれてありがとう赤也くん」

あっさりとは俺から離れる。
その頬はほんのり赤くて、転けた恥ずかしさなのか俺を意識したからなのか。
後者だといいけど多分前者だろう。

「赤也くん職員室寄っていってもいい?」

「ん、俺も鍵開いてっか確かめるしいいぜ」

「そっか、じゃあ行こ」

「ああ」

隣を歩くは小さくて柔らかそうな黒髪しか見えない。
なあ、俺の隣を歩くお前は今、どんな顔してる?

「あ、じゃあ日誌しまうから赤也くん先に鍵聞いてきて?」

「わかった」

廊下にある日誌立てには日誌を置きに行く。

その後ろ姿を見て俺は職員室の戸を開けた。

「チーッス、部室って開いてますー?」

「切原、職員室に入るときは失礼しますと言え。テニス部部室なら仁王が鍵持っていったぞ」

「へいへい。了解っす、あざっした」

「切原!」

「赤也くん、先生なんだって?」

ふわ、とシャンプーのいい匂いがしてが俺の腕の下から顔を覗かせる。
たったそれだけなのに柄にもなく動揺した。

「お、おぅ仁王先輩が持ってったってよ」

「そうなんだ。じゃあ行こっか」

「あ、ああ…」

がどいて安心する。
あの匂いは心臓に悪い。
思わず腕の中に閉じ込めたくなっちまうから。





「チーッス」

「こんにちはー」

「んぉ、赤也とじゃん」

「先輩たち早いっすね」

「お前等が遅いんじゃ」

「ごめんなさい仁王先輩、私が日直だったから赤也くんに待ってもらったんです」

「ん?ああは悪くない悪くない。いい子じゃのちゃんと日直の仕事やったんじゃし」

「わわっ仁王先輩頭撫でないで下さい、恥ずかしいです」

「恥ずかしいって、はかわええの」

「「仁王先輩!」」

響いた声は二つ。のと、俺の。
が不思議そうな顔でこっちを見ていた。
だって、我慢ならなかったんだ。
お前が他の奴に振れられてるなんて。

「なんじゃ?赤也叫んで」

とっくに俺の気持ちになんて気がついてる仁王先輩がニヤニヤと笑いながら聞いてくる。
とりあえずいい加減の頭から手を退かせよ。髪に指絡めてんなよ。

「早く用意しないと真田副部長にどやされますよ」

「そぉじゃなぁ仕方なか」

名残おしそうに仁王先輩はの髪から手を離した。

「ほら、も用意しんしゃい」

「あ、はい。じゃあ…」

は小さなドアを開けてマネージャー用の小さな部屋へと姿を消した。
すると待ってましたと言わんばかりにニヤニヤ笑った仁王先輩が近づいてきて肩に肘を乗せる。重い。

「嫉妬もほどほどにせんと勘違いされるぜよ」

「余計なお世話ッス」

乱暴に肩に乗ってた腕を払うと今まで我関せずだった丸井先輩がガムをクチャク
チャと噛みながら口を開いた。

お前に嫌われてるのかもってこないだ泣いてたんだぜー」

「!!」

「そうじゃそうじゃ。こないだの練習試合の後」

「お前、相手校のやつらがに声かけるからってすっげー冷たく当たったろ。あれでさ、お前が帰った後泣いちまったんだぜ?」

「焦ったの、あれは。「丸井先輩、仁王先輩、私赤也くんに嫌われてるんでしょうか」ってまさか赤也はお前のこと好いとうよなんて言えんしの」

「勘違いしてるから、誤解解いてやった方がいいんじゃねーの?」

「急がんとな、手を出し始めてる輩もおるし」

「…誰ッスかその命知らず」

「三年じゃからな、赤也の牽制も効かなかったみたいじゃが」

「五組の小暮。しんねーの?三年中ではあのに告ったって軽くヒーロー扱いだぜ?」

「早よせんとその辺から出て来た男に優しくされて奪われるかもしれんな」

そう言い捨てて仁王先輩は頭を、丸井先輩は肩を叩いて出て行った。

「ちくしょ…っ」

どうしろっつーんだよ、そんなの。





「あれ?まだいたんか」

「部室を閉めたいのだが…それは部誌か?」

「あ、丸井先輩柳先輩。そうなんですまだ終わらなくて…もう閉めるんですか?


「ああ、今日はコート整備が入るから五時までに閉めなくてはならないからな」

「あ、そうでしたね!じゃあ私教室で書いて帰ります。お疲れ様でした!」

「ああお疲れ様」

「お疲れーぃ。…で、赤也。いつまでそこにいる気だよ」

「タイミング図ってたら邪魔しに来た挙げ句追い出したんじゃないッスか」

「バーカ。教室で書くんだってよ。二人きりのが言いやすいんじゃねーの?」

「…!!」

「早く行けばぁ?書き終わって帰っちまうかもしんねーぞ」

「お疲れ様でしたっ!!」

俺はダッシュで部室を飛び出した。
早く、早く行かなきゃなんない。
これ以上誤解されるのはごめんだ。



「はあ…はっ」

教室に着くと電気は点いていなかった。
窓際後ろから三番目の自分の席で、夕陽に照らされては部誌にむかっていた。
夕陽があの長い睫を照らす。
まるで切り取った写真みたいにそこだけ別世界だった。

カタン…

古い前のドアに触れてうっかり立てた音には顔を上げる。
驚いたように目を丸くして桜色の小さな唇が音を紡ぐ。

あ か や く ん

「赤也くん?」

「まーだ終わんねーの?」

「う、うん、あとちょっとなんだけど…。赤也くんはどうしたの?忘れ物?」

「そう…だな、忘れ物」

「何忘れちゃったの?明日提出のプリント?」

クスクス笑って楽しそうにしゃべるの前の席に陣取って座る。

「お前。」

真っ直ぐ見据えてそう言った後誤魔化すようにペンを奪って部誌を書いた。

「お前こんくらいでこんな時間かかってんのかよ、おせーな」

「あ…考え事してたから…」

「考え事ー?」

「…ねぇ、忘れ物が私って何?赤也くん」

「考え事って何考えてたんだよ」

「私の質問に答えてよ」

「先に俺の質問に答えろよ」

「…赤也くんのこと、考えてたんだよ」

「は、」

全く予想もしなかった台詞に慌てて顔を上げたら俯いたの姿。
何、お前今何て言った?

?」

「ねぇ、赤也くんは、私のことが、嫌いですか…?」

震えた声、ポタポタと部誌に書かれた文字を滲ませる、涙。
まるでドラマみたいには綺麗に泣いた。
バカ。嫌いなわけないだろ、むしろこんなに、触れるのを戸惑うほど、好き、なのに。

「…バカじゃねーの、嫌いなわけねーだろ」

「でも、」

ああもうそんな顔で泣くな。
けど嬉しい。
お前が俺のために泣いてくれるってことがすげー嬉しい。
最低だな、俺。

「少なくとも俺は、」

椅子から中途半端に立ち上がって体を起こす。
届け。
届けよ、伝われ。
そっと唇でポタポタ落ちてくる涙を吸い取った。
一瞬触れたの頬は驚くほど柔らかかった。

「こーゆーこともっとしたいって思うほど好きだけど」

至近距離で茫然としてるに向かって言う。
少し間を空けては口を開いた。

「…じゃあ、私のこと嫌いじゃないの…?」

「嫌いじゃねーよ。むしろ、」

「俺、お前のこと、好きだ」

意を決して言った言葉には花のように微笑んだ。

「私も、赤也くんのこと、好きだよ」

返された言葉に俺は息をするのも忘れてた。
好き?が?俺を?

「だから私赤也くんに嫌われてると思って悲しかったんだから」

「いや…あれはなんつーか…子供じみた独占欲で。お前が俺以外のやつに笑いかけるのが気に入んなかったっつーか」

そう言うとはちょっと困ったように眉尻を下げた。
呆れられたか、あまりにも餓鬼くさくて。

「流石に赤也くん以外に笑わないっていうのは出来ないから、赤也くんには私に出来るとびっきりの笑顔で笑うよ。それでもいい?」

はどうしてこんな可愛いんだろう。
素でそんなことを考える程に、俺はにやられてた。

「…お前あんまそう可愛いことゆーな」

「え?」

「キスとか、したくなんだろ」

の言葉の破壊力に机に突っ伏して目だけを見て言った。
はやっぱり目を見開いて驚いて視線をさまよわせて俯く。
そしてポツリと、言った。

「…いいよ」

今度は俺が目を見開く番だった。
顔を上げての頬に恐る恐る触れると頬を赤らめて睫が震えるくらい緊張して目を閉じたがいた。
ああもう、愛しい。
そっと顔を近付けて、頬にあてた手は滑らせて柔らかな髪に差し込む。
想像通りの細い髪は気持ちよくて。
一瞬だけ触れた桜色の唇はさっき触れた頬なんかよりもっともっと柔らかかった。

「…大好きだ、

唇を離した直後にそう言ったら、はとびっきりの笑顔で笑ってくれた。

なあ、俺は俺に出来る全てでお前に気持ちを伝えるから、
お前はいつも俺の為だけにとびっきりの笑顔で笑ってくれよ。
この想いに限界なんてありはしないから。