昨日とは打って変わって晴れ渡った青空に、私は小さく溜め息をついた。

、どうしたの?」

声をかけてくれる友達を軽く交わす。掃除も終わり、机にかけておいた鞄を取って教室から出た。

「ちょ、!こっち来て!」

「え、えぇ?ちょっと、何?」

「いいから!」

教室を出た所で急に友達に腕を引かれる。
バタバタと廊下を走り校庭を抜け校門まで向かう。
と、

「…ちゃん」

「…!!」

其処には少し真面目な顔をした紅緋の彼が立っていた。

「じゃあ、私はこれで」

「ああ、ありがとう」

私の腕を引いていた友達があっさりと手を放し立ち去った。
そっか、彼に頼まれて私を此処まで連れてきたんだ。
そう納得して、立ち去る友達の背を見ていた。

ちゃん、」

声をかけてきた彼をゆっくりと見る。
こちらに差し出された手と、彼の顔を見比べる。これは手を繋ごうって意味、なのかな?
若干まだ赤い気がする彼の頬に目をやると困ったように小さく笑った。
だめ、だめだよ。流されたりなんかしないんだから!
大袈裟なほど首を振って顔を背ける。そしてそのまま彼を避けるように校門を出た。

ちゃん、」

後ろから靴音が聞こえる。
ついてきている。何でなの。私みたいなめんどくさい女、構わなきゃいいじゃない。
彼の真意がわからない。今日は一体何しに来たの?

ちゃん、オレ、謝りにきたんだ。話だけでも聞いてよ」

「…」

謝りにって、何を?キスしようとしたこと?何を謝るの?

「昨日は…その、突然ごめん。
あまりにもちゃんが信じてくれないからオレムキになって。
信じてくれないから実力行使、なんて最低だよな。
ちゃんが今までの女の子と違うことも、だから惹かれたこともわかってたのに」

「…」

「許してくれ、なんて言うつもりはないよ。ただ、信じてくれ。オレの気持ち、疑わないでよ」

「…なの、信じられない」

「何で!」

「何ででも!」

そう叫んで私はいつの間にか止まっていた足を動かした。
走って、走って、走って。
後ろから聞こえる靴音に振り向かずにひたすら走った。
ようやく見えた駅にホッとしたところで後ろからぐいっと腕を取られる。
何が起こったかわからないほどの速さで、私は路地裏の壁に腕を縫いつけられていた。

「は…放して!」

「嫌だよ。放したら逃げるだろ?」

「放して!放してって!」

縫いつけられている腕を動かそうとしても男の子の力には到底叶わない。
今日初めてマトモに見たヒノエくんの顔は見たことがないほど切羽詰まっていて、
腕が痛いやら怖いやら情けないやらで自然と涙が溢れてきた。

「…泣かないで」

溢れて落ちそうになった涙をヒノエくんがぺろりと舐めとる。冷えた素肌に生暖かい舌が滑って。

「ヒノ…」

「好きだ。」

焦って名を呼ぼうとした私をヒノエくんが言葉で遮った。

「好きだ、好きだ好きだ好きだ。
何度言えば信じてくれる?オレを許してくれる?
口説き方なんて全部ふっとんじまうくらい、お前が愛しいんだよ」

「ヒノエくん、」

「好きだよ。好きだ。本気で、誰よりも、」

「ヒノ…」

「好きなんだ……信じて」

こつん、とつけられた額に間近で見るヒノエくんの顔はこっちが痛くなるほどに苦しそうで。
それでいて酷く強い眼差しに射抜かれそうで、吸い込まれそうで。
その時、やっとわかった。
きっとヒノエくんの方が辛かったんだ。
信じてもらえない事はどんなに辛いだろう。
私だって自分の気持ちが信じてもらえなかったら酷く悲しいし、痛い。それが大切な人なら尚更で。
ヒノエくんを私が信じられないのは女遊びが激しいヒノエくんの自業自得って言ったらそうだけど、
それでも好きなら全てを受け入れる事が必要なのかもしれない。
女の口説き方も何もかもかなぐりすてて気持ちをぶつけてくる彼をもう疑うことなんて私には出来ない。

「…信じてる、信じてるよ。…ごめんね」

顔を離して驚いた顔をしていたヒノエくんのうっすらと赤みが残る頬に軽く口付ける。
昨日傷付けてしまった痛みが取れればいいと思いながら。

「…オレを、信じてくれるのかい?」

「うん」

泣きそうな顔で笑う彼に精一杯の笑顔を向ける。
そっと壊れ物を扱うように離された両手首、赤くなっている其処にヒノエくんが沢山のキスを落とした。

「ちょ、ヒノエくん、やめっ…」

「好きだよ、ちゃん」

「…ん、私も」

ゆっくりと手首から手を離して、戸惑いがちにヒノエくんの手が私の頬に触れる。
その温かい手に私の手を重ねて眼を閉じれば、そっと唇に触れる熱。
一瞬触れて、そしてすぐに離れて、またすぐに触れた。

「(ああ、幸せってこんな気持ちなのかなあ…)」

触れ合った唇から想いが溢れだしそうな気がした。
背中に回した腕に伝わるヒノエくんの心音とか私の後頭部に回ったヒノエくんの大きな手とか、全てが愛しく思えた。
そっと離れていった唇に眼を開けるとヒノエくんが優しい顔で笑っていて、それが凄く凄く幸せで。
ぎゅっと抱き締めてくれたヒノエくんに体を預けて私も強く強く抱きついた。

ああ、このまま世界が終わってもかまわない。

そう思いながら見上げた空は雲ひとつないクリアな青空で、何かが始まる予感がした。










私とヒノエくん、二人でここから。









END