「今日は…天気悪いなー」
ぼそりとは呟いた。空には黒い暗雲。晴れそうにはなかった。
「おい。」
「え?」
突然背後から聞き慣れた声が聞こえて、は振り返る。
後ろには少し複雑そうな顔の九郎が立っていた。
「あ、九郎さん」
無意識か、はにっこりと微笑んでいた。九郎はまともにそれを見、顔を赤らめた。
「九郎さん?どうしたんですか?」
きょとん、と首を傾げ九郎を見る。
慌てて「何でもないっ」と言う九郎に「そうですか…?」と不思議そうに答えた。
「それで、どうしたんですか?あ、作戦会議とか?」
用件を聞くにコホン、と咳払いをして九郎は真っ直ぐを見た。
「いや、そうではない。その…お前、今時間はあるか?」
「え、はい、ありますけど?」
「ならば少し…その、散歩にでも行かないか?」
「!はいっ!」
珍しく散歩に誘われは破顔した。
九郎もの嬉しそうな顔を見ると少しだけ口元を綻ばせ、「行くぞ」と玄関へ向かった。
「あ、待って下さい!」と慌ててがその後ろ姿を追い掛ける。
それを少し離れた位置から弁慶とヒノエが見ていた。
「ふふ、初々しいですね…」
「九郎に余計な入れ知恵しやがって、あんただろ?」
「さあ?何の事だか僕にはさっぱり。」
「ほんと…食えないヤツだよな、あんたは」
愉しそうにくすくすと笑う弁慶の肩に肘をかけ、ヒノエは呆れた顔でそれを見ていた。
視線の先にいた筈の彼と彼女は既に町へと出ていた。
「九ー郎さーん」
「何だ?」
「九郎さん足早いですよ…。追い付くのがやっと…」
少し疲れた様にが言う。
胸元を抑えて呼吸を整えているところを見ると大分無理していたのだろう。
九郎は少し自責の念にかられた。
「す、すまない…。普段女性と二人で出かける事など無いので加減がわからなくてな…」
「あ、そ、そんな気にしないで下さい!私大丈夫ですから!」
軽く頭を下げる九郎に慌てては答える。
「だから、頭を上げて下さい!」と言う彼女に九郎は頭を上げ、やんわりと微笑んだ。
「お前は、優しいな」
「え?」
「ほら、行くぞ」
くしゃりとの頭を少し混ぜて九郎はまた歩き始めた。
そしてまたその後ろ姿をが追う。
二人とも顔は少し赤らんでいた。
「…あ、雨?」
どれくらい歩いた頃だっただろうか。ぽつ、と顔に当たる水には空を見上げながら呟いた。
「そのようだな」
九郎も答え、その後に「どうするか…」と呟いた。
「どう…しましょうか」
も歯切れ悪く呟やく。二人とも少し肩を落として空を見ていた。
不意に。
ざああ、と突然雨が酷くなった。
「きゃあ!冷たっ…」
「馬鹿!行くぞっ!」
突然に肩を抱かれは驚く。
九郎は気にした様子もなくそのまま走り始めた。
「あそこの木の下まで走れ!」
「は、はい!」
そのまま葉の茂った大きな木の下まで行き、九郎はそっと肩に回した手を外した。
「大丈夫か?」
「あ、はい。九郎さんは大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ」
少し濡れただけで済んだのは九郎のとっさの判断のお陰だろう。
はスカートのポケットからハンカチを出し、九郎の肩を拭いた。
「おい、何を…」
「九郎さん肩びしょ濡れだから」
「俺はいいからお前が拭け」
ぶっきらぼうに言って、九郎はのハンカチを奪い取る。
そしてそっと頬を拭いた。
「や、あの、大丈夫です!」
赤くなりながらは必死に言うが九郎は聞きいれない。
それどころか、動くなとばかりに反対の頬に手を添えた。
は益々赤くなる。
「くっ九郎さん!私本当に大丈夫ですから!」
「何を言っている!こんなに濡れ…て」
ふと、拭く事に集中していた九郎がを見た。
頬に触れた己の手。
真っ赤なの顔。
いつもより近いお互いの距離。
九郎は途端に顔を赤く染めた。
「っ…!す、すまん!」
「い、いえ…」
ぱっと手を離して距離を取る。
九郎は木に背を預けて座り込んだ。
もそれを見て少し距離を空けて座る。
それに気付いた九郎が持っていたままのハンカチをに渡した。
「ほら、拭いておけ」
「はい…」
妙な沈黙が二人を包む。雨の音だけの静寂。
町には二人以外誰もいなかった。
「くしゅんっ」
と、小さなくしゃみが静寂を破った。
「…寒いのか?」
「え、いえ、大丈夫で…くしゅんっ!くしゅっ!」
くしゃみをし続けるに九郎はしようがなくて戸惑った。
かけてやれる様な衣も何もない。あるのは己の身一つ。
ふと目についたのは土の上に置かれた血の毛のないの白い手。
寒いのだろうとそっと手を重ねた。
「っ…!九郎、さん」
「少しは暖かいだろう」
「は、はい…」
ぎこちない触れ合い。
冷たいの手を暖めるのは熱い位の九郎の手。
うつむいた二人の顔は赤く色付いていた。
「雨が止むまで…我慢しろ」
照れ隠しに呟かれた命令型の言葉が、何より心を暖めた。
このまま、雨が止まなくてもいいのに。
お互いの心に芽生えた感情を伝えあうのはまだ少し先。
雨止みを待ち、暫し一時。