赤く染まってゆく肢体。
カタールから滴り落ちる赤。
たとえどれだけ返り血を浴びて穢れても、
お前を守るためならば俺はどんなやつでも斬る。
憂える暁
「オレの姫君に手を出そうとする何て・・・いい度胸だね」
「ぐっあああああ!」
血に染まった手をぺろっと舌でなめ、先に進んでいるであろう彼の女性を思う。
は知らない。
神出鬼没なオレが普段何処にいるか、何をしているのか。
頭領としての仕事ももちろんしているが、俺にはもっと大切なことがあった。
’を傷つけようとするものの排除’
水軍のほうに言っている間でも、には常に烏をつけ、周囲の人間の動向を探る。
怨霊ならばでなければ封印はできない。
従って俺が倒すよりもが倒しちまうほうが早い。
しかし、人間の場合。
戦場に出て、もう三ヶ月はたっただろうか。俺が知る限り、は未だに人と相対したことがない。
オレの我侭だろうが、オレはあいつの手を血に染めたくなかった。
いつまでも穢れのない、無垢なままで―――――。
「さて、と。温泉にでも入って血を落として来ないとまずいかな・・・」
は知らないだろうがと出会ってからオレは女と’遊ぶ’ことをしなくなった。
確かに話や、一緒に飲んだりはするけれども。
それ以上のことは何一つしなくなった。
俺がただ一つ欲しいものは、だから。
「やあ、今日も可愛いね、姫君」
「ヒノエくん!」
穢れを落とし、の前に現れる。いつものことだ。この生活にもずいぶん慣れた。
ただ、最近ふと頭に過ぎる事がある。
『はオレが血で穢れていても、近づくことを許してくれるのか――?』
を血で穢したくないと、いつまでも無垢なままでいて欲しいと、願ったのはオレだ。
でも血で穢れて俺を通して、が穢れてしまったら。
どんなに洗って血を落としても、この手に残る肉と骨を断った感触と、死んでいった奴等の恨みは消えない。
むしろ逆に、を傷つけることになったら―?
「・・・ノエくん、ヒノエくん」
「え?」
「どうかしたの?考え込んで」
ひょっこりとしたから顔を覗かせて、心配そうにオレを見つめる瞳にハッとする。
「いや、何でもないよ。気にかけてくれたのかい?フフッ嬉しいね」
「も、もうっ!ヒノエくんってば!」
赤くなってそっぽを向くその頬に。
ふわ・・・と舞い踊るその髪に。
触れたい、と思う。
けど出来ない。
近づくわけには、行かない。
穢れたオレの手で、無垢なこの女を傷つけることなど、出来ない。
「ヒノエくん?」
「なんだい?姫君」
「どうしたの?やっぱり今日変だよ」
「そうかな?いつもと変わらないつもりだけど?」
「そうだよ。私いつもヒノエくんの事見てるもん。わかるよ」
「が・・・?」
オレが問い返せばはしまったというように口許を手で押さえ頬を赤らめた。
その中に確かに。瞳の中に真剣さを、見た。
「が、この透き通った碧の瞳で、いつも、オレを・・・?」
愛しくて、一瞬。
白い頬に右手が伸びた。ハッと気づいて触れるほんの手前で留めた。
「ヒノエくん?」
「・・・、お前は人を殺すやつをどう思う?」
答えなんて分かってた。は悪を憎んでる。
怨霊を使い、人を傷つける平家を憎んでる。
「許せない、と思うよ」
・・・当然だ。
「・・・でも、もしそれが大切な誰かを守っているなら、仕方ないのかな、とも思う。
私だってみんなが傷つけられたら、相手が誰でも戦うもの。・・・それがたとえ人間でも」
驚愕した。
花の中の花。微笑みは柔らかく優しく美しくて、怨霊を封印する力を持った白龍の神子。
こんなにも強い女だったか。こんなにも凛としていたか。
何も知らないはずなのに、心の奥深くを突いてくる。
優しい言葉で救ってくれる。
神子の力なのか?の力なのか?
「それがどうかした?」と聞くを無理やり腕に閉じ込めた。
当然は驚いてたけど、離さないように強く強く抱きしめたら観念したように背中に腕を回した。
それを合図に、貪る様に深く口付けた。
この優しい女を。この強い女を。
誰にも渡さないと深く深く心に誓って。